日が高い。ちょうど正午を過ぎた頃だ。

「コンラッドさーん!」

昼食の支度ができたことを告げるため、コンラッドさんに呼びかける。
けれど返事はなかった。
・・・・・・この部屋にもいない。
教会の中にいるはずなのだけれど・・・・・・。

「あっ!」

中庭にコンラッドさんの姿が見えた。

「コンラッドさん! ・・・・・・えっ!?」

「ああ、メアリ。どうしました?」

「えっ、ええっと、あのっ!?」

言葉に困った。なぜ中庭で、服を脱いでいるのか。
いや、ここは中庭ではなくて、わたしが間違って、コンラッドさんの部屋に入ってしまったのだろうか。

「ど、どうしてコンラッドさん、服を・・・・・・」

「ああ、これですか? 身を清めようと、水を浴びたところだったんです」

「あ、そっ・・・・・・そうだったんですか」

「さすがに少し冷たいですが。
 この後、『貴族』 と一戦交えることになるかもしれないわけですから、いっそう気持ちを引き締めておかなくては・・・」

「・・・・・・」

「ああ、そうだ、ちょうどいい。
 メアリ、『貴族』 を倒すには、どこを狙えばいいと思いますか?」

「さ、さあ・・・・・・。そもそも倒すなんて」

「思いもつかない、ですか。まあ、そうかもしれませんね。
 『貴族』 は不死だとされていますし・・・
 そもそも倒せるとしても、一撃を与えることが難しい。
 でもメアリ、キミなら不意をつくチャンスがあるかもしれません」

「え?」

「だから知っておいて損はないでしょう」

「そ、そんな・・・・・・」

領主様やバラージュをわたしが・・・・・・。考えるだけでも恐ろしかった。
でも、コンラッドさんの言うとおりだということもわかる。
なにがあるかわからない以上、わたしはそれを知っておくべきだとは思った。

「狙うべきだと思う箇所を、指してみてください。
 幸い、私はいま、服を着ていませんから。
 これなら身体の部位が見やすいでしょう?」

「ええと・・・・・・」

服を着ていないほうがわかるということは・・・

「心臓ですか?」  わたしはコンラッドさんの胸を指差す。

「ええ、そうです。鋭いですね、メアリ。
 でも少しずれています。いいですか・・・・・・」

わたしの指をつかみ、自らの胸の上をなぞらせる。

「もっと中央・・・・・・そう、ここです。
 『貴族』 を倒すためには、ここ、心臓を狙うのです」

「・・・・・・」

「しっかり覚えてください。よく見て。そして、よく触れて。
 指先で、身体で、位置を覚えてください」

「は、はい・・・・・・」

「指先の感覚に、意識を集中させて・・・・・・」

暗示にかけられるように、コンラッドさんの肌に触れる指先だけが、わたしの意識を支配する。
少し冷たい・・・・・・白磁のような白い肌だ。

「もっとも、心臓を突いただけで滅ぼせるわけではないのですが。
 ですが、そこを突ければ、後はいくらでもやりようはあります。
 私もいますからね。確実に始末することができるでしょう」

(あれ?)  急に視界がねじれて、渦を巻いた。

「アルトメイデン・・・」

声が聞こえた。
倒れている男の人を女の人の腕が優しく支えていた。

「残念です。もう少しで・・・貴女を・・完全に解き放つことができたのに・・・」

(コンラッドさん!?)

腕のなかから苦しげに見上げている男の人はコンラッドさんにそっくりで、でも服はいつもの純白の法衣ではなかった。
見慣れない上等な服は真っ赤な血に染まっている。

「ありがとう。あなたの魂(ゼーレ)を滅ぼさせはしない」

この声は、彼女だ。いつも夢にでてくる少女。
たおやかな印象のある声には、今は強い意志が宿っていた。
白い手が男の人の胸に当てられる。

「さあ、旅立って。新たな未来へ」

男の人は目を閉じる。
直後、複数の人の手が、彼女から男の人を引き離した。
視界から男の人が消えていく。それでも彼女はずっと見つめていた。

(・・・さようなら。でもわたしの命もそう長くはないわ)

「・・・・・・」

「メアリ。もう、わかりましたか?」

「えっ、あっ・・・・・・は、はい!」

あわてて手をひっこめる。
なんだったのかしら、いまのは。

「では、そろそろいきましょうか。
 昼食の支度ができたから、呼びにきてくれたのでしょう?」

「はい、そうです」

「では、服を着て、片付けてから行きますから。
 先に行っていてください」

「はい、わかりました。では・・・・・・」

廊下を歩いている間も・・・・・・。
『貴族』 を倒すには、心臓をつく。そう言ったコンラッドさんの言葉が・・・。
そして指先に残ったコンラッドさんの肌の感触が・・・頭をずっと、離れなかった。