「あら、また何か探しているの?」

 からかうよう友人の声が聞こえた。
 空港のロビーはバカンス明けの人でごったがえしている。
 人が多いところにくると、きょろきょろしてしまう。
 自分でもなぜだか分からないけれど、それが小さい頃からのわたしのクセ。
 そしてそれは大きくなった今も変わらぬまま。

 家につき、旅行の荷物をとく。
 楽しかった休暇も今日で終わり。
 明日からまた学校だ。
 夜がきて、いつものようにわたしはベッドで眠りについた。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

人里から遠く離れた森。
そこにこの西の地をおさめる貴族の城がある。
だが村人の誰ひとりとして領主の姿を見た者はなく、また魔物の棲むこの森にやってくる者もいない。
実際は無人の城として、領主の、貴族の存在を疑う者も多かった。
外では季節はずれの吹雪が猛威をふるっていた。
城のなかは静かで、だが無人のはずの部屋の暖炉には炎がはぜ、椅子にゆったりと誰かが腰掛けていた。

椅子にもたれ、微動だにしなかった影がぴくりと動いた。
閉ざされていた瞳がおもむろに開く。暖炉にともる炎よりも赤い、高貴な真紅の瞳。
ジェラルドは手を組み、しばし意識を外へ向けた。

城の周囲にはりめぐらせた結界を突き破り、余の領域を侵したものがいる。
このあたりに棲む魔物のたぐいか。
しかしそれほどの力を持つものがいるとは知らなかったな。

いや、違う。 これは・・・。 ジェラルドは目をわずかに細めた。
ほう、めずらしい。余の城に客人か。しかも同族とはな。
いったい何十年、いや何百年ぶりのことか。

白い手を伸ばし、そばのテーブルの上においてある呼び鈴を鳴らす。
石造りの空間に金属質の音が冷たく響きわたった。

「レルム、客人が来たようだ。
 宴の支度を頼む。・・・レルム?」

常ならば、間をおかずとんでくるはずの忠実な執事が返事すら返さない。
ああ、そうだった。あれは今、城を留守にしているのだった。
ならば、客人は余がみずから出迎えねばなるまい。

ジェラルドは椅子から立ち上がった。
その優雅な容姿を見れば、彼こそがこの地を治める貴族であることは容易に推測できる。
外見の若さに似合わぬ物静かな眼差しが窓の外に向けられた。
猛烈な吹雪はいっそう激しくなり、窓を叩いていた。

       *     *     *

「この程度の障壁で我の行く手をはばむつもりか。笑止な」

ハア! こぶしの一撃で結界はたやすく砕け散った。

「ふん、西の領主の力がこの程度とは、興ざめだ。
 これならわざわざこちらから出向く必要もなかったか」

浅黒い顔から不敵な笑みがもれた。銀灰色の髪が吹きつける風になびく。
吹雪はますます強くなってきた。それが我には心地いい。
生まれ育った国を思い出させてくれる。
まあいい。奴の実力が本当にこの程度なら、今日この場で決着をつけるだけだ。
輪廻に定められし時までしばらくの猶予があるとはいえ、それまでには我にも為すべきことがある。
見上げると、吹雪のなか、かすむように古城の姿が見えた。

「フハハハハ! 待っているがいい、とらわれの姫よ」

城の前までくると、扉はきしみつつも自ら開いた。

「そうか。そなたのせいだったか、この冷気は」

出迎えたジェラルドに対し、吹雪を従えた訪問者は鷹揚に口を開いた。

「お初にお目にかかる。西の領主よ。我は東を統べる者、バラージュと申す。
 などという堅苦しい挨拶は我の性に合わぬ。単刀直入に言わせてもらうが、良いな」

「かまわぬ。こちらも満足なもてなしが出来ぬのでな。率直に話そう」

「よし、決めたぞ、我は。姫を貰い受けよう」

「姫? アルトメイデンのことか」

「そうだ、彼女のことだ。我の妻となるべき乙女だ」

「それは初耳だな。アルトメイデンがそのようなことを決めたとは知らなかったぞ」

「言ったろう、決めたのは我だ。我が彼女の未来を望んだのだ」

「未来か・・・まぶしい言葉だ。 余にもそなたにも、我ら一族には無縁の言葉かと思っていたが。
 だが残念だったな。アルトメイデンはここにはいない」

「なに、いないだと」

「そう疑うならば、余の城中確かめてみるがいい」

「ふん、なるほど。 確かに城のどこにも気配は感じぬ。
 だがなぜだ、なぜここにいない。
 アルトメイデンは古えより貴様の花嫁と決まっていたはず」

「意思に反してまで従わせるのは、余の流儀にあらず。
 川は川のままで、木々は木々のまま、人は人のまま。それが余の望みだ」

「あきれた奴だな、貴様は。
 シュトラールと呼ばれることで満足している貴様らしいぞ。
 だが我は違う。我はシュトラールを捨てるぞ」

「そなた、まさか、ダンケルハイトに」

ジェラルドの目がわずかに険しくなった。

「いいや、まだだ。だが、いずれそうなる。
 たとえ血に餓えた獣と化そうと、我は姫をこの腕に抱く」

「滅びるぞ」

「滅びなど恐れぬ」  東の地を支配する伯爵は平然と言い放った。

「我が恐れるは無為の時をすごしつづけることのみ。
 この宿怨を断ち切れるなら、わが命などくれてやるわ。
 止められるものなら止めてみろ。今ならまだ五分と五分。
 ここで我を倒せば、姫を奪われる心配もなくなるぞ」

「言っただろう。誰を望むか、いかなる道を進むか、すべては彼女の選ぶこと。
 力で従わせることはできても、心までは無理だ」

「フッ どうやら我と貴様とは正反対の思考を持っているようだな」

「そなたはまだ若い。いずれ分かる。
 アルトメイデンは力だけでは手に入らない」

「ためしてみるまでだ」

「好きにすればいい。
 自らの心のおもむくままに。それが余の心だ」

「そうか。ならば勝手にさせてもらう」

バラージュの姿が吹雪のなかにとけこんでいく。

「ではまた会おう。西の公爵」

「行ったか」

いささか礼儀を欠いた客人だったが、退屈しのぎにはなった。
しかし、本気で禁忌を犯す気か。
どうやら余もただ安穏としているわけにはいかないようだな。
ジェラルドが城の奥へ姿を消すと、扉はきしみつつ、自ら道を閉ざした。

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わたしは夢うつつのまま、中世の世界をただよっていた。。。