その日の夜――。
わたしは夢を見た。
ううん、違う。正しくは 『見ていたような気がする』・・・・・・だ。
なぜ曖昧なのか。
それは目覚めたとき、どんな夢を見ていたのか、なんの夢を見ていたのか、まったく記憶がなかったから。
ただ、どうしてなのかはわからないけれど、どても不快な気分だけが残っていた。
肌着もシーツも、汗でぐっしょりと濡れていた。

「・・・・・・ふう。嫌な夢だったな。
 内容はよく思い出せないけど」

わたしはかぶりを振った。
思い出せないというのは、とても嫌な気分だ。
自分の一部・・・・・・なにかが失われたような、そんな感覚。

窓の外がしらみ、朝になった。
鐘が鳴り響く。

「・・・・・・ああ、もう朝なんだ。起きなきゃ」

「あら、メアリ。おはよう」

「あっ、ダニエラさん。おはようございます」

自分の部屋から廊下に出たところで、ダニエラさんとバッタリ出くわした。

「ああ、そうそう。昨日はお使い、ありがとうね」

「いいえ、教会のお役に立ててなによりです」

そのあとは言うべきかどうか迷ったけれど、付け足す。

「あの・・・・・・教会の修繕費、うまく都合がつくといいですね」

「ええ、そうね。近いうち、話し合ってくるわ」

「はい」

「あなたにまで心配かけて、ごめんなさいね。
 施設の管理のことは、わたしたちがなんとかするから」

「はい・・・・・・」

(わたしも、なにかお手伝いしたいけど・・・・・・)
村と交渉するのはわたしには無理だし、できることは限られている。

「心配しないで。
 あなたは勉強をしっかりやること。いい?」

「はい。ダニエラさん、いまから学校ですか?」

「ええ、そうよ。オーギュスト先生にお手伝いを頼まれたの」

「今日もですか」

この村の先生は、オーギュストだけだ。
村の子供の数から言えばそれでも充分なのだけれど、子供たちの年齢には幅があるから、全員に同じ授業をするわけにもいかない。
それで、ダニエラさんに白羽の矢が立ったというわけだ。
元々、中央教会にいたダニエラさんは、幅広い知識を持っているから、先生のお手伝いにはうってつけだった。

「それにしても、すごい量の荷物ですね」

「ええ、今日は特別多いわね」

「運ぶの、お手伝いしましょうか?」

「そう? 頼めるかしら?」

「ええ、もちろんです」

「ありがとう、助かるわ。
 それじゃあ、行きましょうか」

「はい、ダニエラさん」


「・・・・・・ふふっ、そんなことないわよ。イリヤさんも大げさね」

「えっ、そうですか?」

わたしたちは学校に向かっていた。

「わたしは本当だと思いましたけど。
 ダニエラさんだったら、納得です」

(綺麗だし、性格もいいし)

「あら?」

「どうかしました?」

ダニエラさんは急に立ち止まった。

「ほら。あそこにいるのって、あなたの幼なじみの・・・・・・」

「ああ、ヴィクトルですね」

ヴィクトルは立ち止まったまま、空を見ていた。
こっちにはまだ気づいていないみたい。

「ヴィクトル!」

「・・・・・・!」

「こんにちは、ヴィクトル」

「・・・・・・あんたもいたのか」 ヴィクトルは舌打ちした。

「ちょっと、ヴィクトルったら。
 ダニエラさんに失礼でしょ。ちゃんとあいさつして」

「・・・・・・こんちは」

「村のなかで見かけるなんてめずらしいわね。もしかして、教会に用?」

「・・・・・・べつに。たまたま通りかかっただけだ」

バツが悪そうに、ヴィクトルは視線をそらした。

「たまたまって・・・・・・
 この先には教会があるだけの一本道じゃない」

「・・・・・・そいつは知らなかった。あんまり村の中、歩かないからな」

「・・・・・・・・・・・・」

「そうだわ、メアリ。手伝いはもういいから、ヴィクトルとどこかに行ってきたら?
 幼なじみなんだし、いろいろ話したいこともあるでしょう?」

「いや、オレはもう行くぜ。手伝い、がんばれよ」

「あ、ちょっと!
 ・・・・・・行っちゃった。ヴィクトルったら、ヘンなの」

「ふふふ。面白い子ね、彼って」

「すみません、失礼な態度で」

「いいのよ、べつに。あなたの幼なじみなんだから、わたしにとっても友だちみたいなものだわ」

「そう言っていただけるとありがたいです」

「たしか、彼は一人で暮らしているんだったわね」

「はい、村のはずれで」

「それじゃあ、食事とかいろいろと大変でしょうね。
 今度、教会に遊びにくるように言ってあげなさいな」

「そうですね、伝えてみます」