「やあ、メアリ!」

「えっ? あっ、リチャード・・・・・・」

声の主はリチャードだった。
振り向いた私は思わず眼を白黒させてしまった。
というのも、リチャードの周りを何人もの女の子たちが取り囲んでいたから。

(リチャードのファンの子たち・・・・・・だ)

村長の息子で、外見も悪くはなく、物腰や服装も洗練されている彼は、実は村の女の子の間ではけっこうな人気者だった。

「こんなところで会うなんて奇遇だね。
 やっぱりボクとキミは、運命の紡ぎ出した赤い糸で結び合わされているんだな」

(そんなことはないと思うんだけど)

「愛しの君。せっかくだから、少し話さないか。
 昨日はちょうどいいところでパパに邪魔されちゃったからね。続きをしようよ」

「いえ、あの・・・・・・」

「こんにちは、リチャード」

「ああっ、ダニエラさん!? ・・・・・・こ、こんにちは!」

ダニエラさんの姿を目にして、リチャードは明らかに狼狽していた。
女の子が作り出す壁のせいで、ダニエラさんが視界に入っていなかったらしい。

「うーん、これは困ったぞ。ダニエラさんが一緒だなんて」

「わたしとダニエラさんが一緒にいたらいけないの?」

「いや、いけないわけじゃないよ。種類の異なる美しい花は一本ずつより、2本そろったほうが映えるに決まってる。
 でもね・・・・・・ああ、そうなんだ。キミたちは、なんて罪作りな女性なんだろう。
 そうだよ、どちらも美しすぎる。ボクにはとても選べない。
 あぁ、あぁ、神よ。ボクはどうしたらいいのですか・・・・・・」

「は、はあ・・・・・・」

リチャードは天を仰いで、しきりと頭を振っている。

(こんなことで、神様にすがらないでほしいわ)
そんなことを思っていたとき、ふいにダニエラさんがわたしの耳もとでささやいた。

「ねえ、メアリ。女の子たちが、あなたのことをにらんでいるわよ?」

「えっ!?」

(・・・・・・ほ、ほんとだ)
ダニエラさんもいるから、面と向かって文句を言ってきたりはしないけれど・・・・・・視線が痛い。

「あなたも大変ね、メアリ」

「は、はい」

「ねえ、リチャード? そういえば、今日はイリヤさんは一緒じゃないのね」

「カンベンしてくださいよ。
 いくら兄妹だからって、四六時中一緒にいたら、息が詰まりますよ。
 だいたい、こんな場面でイリヤが一緒だったら、なにを言われるかわからない。
 あの気まぐれな姫だけは、ボクの手には余りますよ」

「あらあら。
 さあ、メアリ。そろそろ行きましょう。ではまたね、リチャード」

ダニエラさんのあとについて、わたしもその場を離れた。

「・・・・・・ふう。この本の山はこのテーブルの上ですね?」

「ええ、そこにお願い」

「この実験器具はどこに? 倒して割れたりすると大変ですよね」

「ええと、それは・・・・・・ じゃあ、向こうの戸棚の中にお願い」

「こっちですか?」

「ええ、そう」

「わかりました」

学校に着いてみると、わたしたちを待っていたのは事務室の整理整頓だった。
オーギュストがいろんな資料を積み上げてしまうものだから、まず片づけてからでないと持ってきた荷物も置きようがなかったのだ。

(ふう・・・・・・ 右へ左へとけっこうな重労働ね。
 でも、働くのは嫌いじゃないわ。お部屋が綺麗になるのも気持ちいいし)

「メアリ? 休憩しなくても平気?」

「だいじょうぶですよ、このくらい。教会のお掃除に比べたら、この部屋の片づけなんて・・・・・・」

散らかっているといっても、たったひと部屋だ。教会ぜんぶとは比較にならない。

「それじゃあ、最後までやってしまいましょ」

「はい、ダニエラさん! なんでも言ってくださいね」

「・・・・・・ふう。これで、だいたい片づいたみたい」

「そうですね。見違えるように綺麗になりましたね」

「あなたがいてくれたおかげで、ずいぶん早く済んだわ。ありがとう、メアリ」

「いいえ、お役に立ててよかったです」

(これならオーギュストも授業がやりやすくなるはず。きっと喜んでくれるわ)

「それじゃあ、わたし、教会に戻りますね」

「ご苦労さま。気をつけてね」

わたしは学校の外に出た。

(あっ、そういえば、ダニエラさんが今日はなんの授業をするのか、聞きそびれちゃったな。
 今日の先生がダニエラさんだって知ったら、男の子たちが大騒ぎするんだろうなあ・・・・・・)

「・・・・・・というのが、この地方に咲く花に見られる特徴なんだ」

「あれ? この声・・・・・・オーギュストの声だわ」

目の前の教室で、授業をしているみたいだ。

(せっかく来たんだし、戻るのはオーギュストの顔を見てからにしようかしら。
 天気もいいし、授業が終わるまでここでひなたぼっこをしながら待っているのも悪くないわ。
 腰掛けるのにちょうどいい木の根もあるし)

「よいしょ。
 ふわあ・・・・・・なんだか眠くなってきちゃった。ふう・・・・・・」


わたしは深紅のドレスに身をつつみ、城の中にいた。
窓枠に手をかけ、豪華な部屋で婚約者と語らっている。
幸せな時間のはずなのに、わたしの視線は時折、窓の外に向けられていた。
そこから見下ろせる庭には男の人がふたりいた。
彼を見るたびに心がうずく、こんなことは初めてで、わたしは戸惑うばかりだった。


「・・・・・・」

「・・・・・・ねえ、メアリ?」

「ん・・・・・・」

「起きて、メアリ」

(ん・・・・・・誰かが・・・・・・呼んでる)

「ほら、起きないと風邪をひいてしまうよ?」

(ああ、そうだ。起きなきゃ・・・・・・)

「んんー ふわあ・・・・・・すっかり眠っちゃった」

「ふふっ、そうみたいだね。寝不足だったのかい?」

「えっ?」

「おはよう、眠り姫」

「あっ、オーギュスト!? あなたが起こしてくれたの?」

「ああ、そうだよ。
 授業が終わって外に出てみたら、君が木の下で、すやすや眠っているじゃないか。我が目を疑ったね」

「木の下がとても気持ちよくて、つい・・・・・・。ゴメンナサイ」

「いや、謝ることはないけどね。学校の中だから、そう危険なこともないだろうし。
 それにまあ、おかげで、君の素敵な寝顔を見られたからね」

「えっ・・・・・・ は、恥ずかしいな」

「私は初めてじゃないから。キミとは幼なじみだからね、昔はいつも寝顔を目にしていたよ。
 なんて無垢な寝顔なんだろう。できることならこのままと時が止まってほしい。
 そう願わずにはいられなかった・・・・・・」

「オーギュストったら、リチャードみたいなこと言ってる」

「・・・・・・はははっ。たしかにこんな歯の浮くようなセリフ、リチャードの専門分野だね」

「わたし、そろそろ帰るね。そろそろお祈りの時間だから」

「うん、わかった。それじゃあ、気をつけて」

「ええ、またね」


(神様・・・・・・)

私は祈りを捧げていた。
この礼拝堂は、教会の中でもわたしが一番好きな場所だった。
ここに来ると、心が落ち着くから。
心の中がさざ波立っている時も、すごく落ち込んでいる時も、ここに来ると真っ白になれた。
告白していると、心の整理や自分なりの答えみたいなものが見つかる。

(神への祈りは、自分自身との対話。 たしか、バージニア様もそんなことをおっしゃっていたわ。
 ヘンな夢を見て落ち着かない気分だったけれど、わたしには幼なじみがいる。
 ダニエラさんもバージニア様も)

わたしは静かに祈り続けていた。