「・・・・・・魔物が!?」
ダニエラさんにそれを聞かされたのは、領主様が村にやって来た3日後の朝だった。
あれから村は、それこそ蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
領主様が姿を消すまで抑えていた感情が一気に爆発したように、誰も彼もが興奮して自分の意見を口にしていた。
戦おうと言う人、村から逃げ出そうとする人、言われたとおりにしてなにもかも忘れてしまおうとする人・・・・・・。
(どうなってしまうんだろう、これから・・・・・・)
あの夜からずっと、わたしは教会の中にいた。
安全のために、外には出ないようにと言われたのだ。
わたしは最初、それは領主様からわたしの身を守るために考えてくれたことだと思っていたけど・・・・・・。
「村のそばに魔物が出ているんですか?」
「ええ、そうなの。放してあった家畜が何頭か襲われたらしくてね・・・・・・」
「・・・・・・!」
「それ以外にも、井戸が急に枯れてしまったとか、大きな岩が真っ二つになったとか、ヘンなことばかり起きているらしいの」
「そんなことが・・・・・・」
「でもね、家畜の件は、獣のしわざだと思うわ」
「・・・・・・」
年に何頭か、家畜が犠牲になることもあった。
そのたびに魔物が出たと騒ぎ立てる村人はいた。
辺境の地だから、魔物が出没することもないとは言いきれない。
現に領主様だっていたのだから。
でも、これまでは、よくよく調べてみると魔物の正体はたんなる野生の獣だったというのがほとんどだった。
もちろんそれはそれで、追い払うにせよ退治するにせよ、大変なことなのだけれど――
いずれにしても、そこまで深刻な問題にはなっていなかったのだ、
「他の事件も、ほとんどは勘違いとか思い込み、偶然なんかだと思うの。
ただ、今回は・・・・・・」
ダニエラさんは言葉を切った。
「『貴族』 のことがあるでしょう?
それで、村人の間に不安が広がっていてね・・・・・・特に自警団が騒いでいるの」
「自警団・・・・・・」
あの夜、教会までわたしを連れ出しに来た人たちだ。
自警団は村の若者たちが作った組織で、村内の見回りや警備をしていた。
ただちょっと、お酒を飲んで暴れるなど、乱暴な行為も目立っている。
(あの人たちが・・・・・・)
「このままじゃ彼らはなにをするかわからないって、村長も頭を痛めているわ」
「・・・・・・」
「だから、メアリ。もうしばらくの間、教会から外へは出ないようにね」
「はい・・・・・・」
(でも、本当にそれでいいのかしら?
外に出て、わたしの口から直接説明したほうがいいんじゃ・・・・・・
『領主様の花嫁になぜ選ばれたのか、わかりません』 『魔物とわたしとは、関係ありません』・・・・・・って。
ちゃんと話せば、ちゃんと村のみんなもわかってくれるはずだわ)
「あの、ダニエラさん?」
ダニエラさんに申し出ようとしたその時、教会の扉が激しくノックされた。
「・・・・・・!」
(な、なに?)
「教会まで来たのね・・・・・・なんてしつこいの」
「ダニエラさん?」
「わたしが出るから、あなたは奥に隠れていなさい」
「あっ、でも・・・・・・」
止める間もなく、ダニエラさんは玄関のほうへと行ってしまった。
(ダニエラさんは、ああ言ったけど、やっぱり気になる!)
ドアの隙間から、玄関のほうを覗き見る。
(あっ!?)
ダニエラさんと、自警団の人たちが対峙していた。
「彼女に会わせてもらおうか」
「通すわけにはいきません。お帰りください」
「いま村に起きている異変は、ぜんぶあいつのせいなんだぞ!?」
「帰りなさいっ!」
(・・・・・・・・・・・・)
押し問答の末、自警団を追い返して、ダニエラさんが戻ってきた。
「・・・・・・ふう」
「すみません、ダニエラさん・・・・・・」
「聞こえたのね。でも気にしなくていいのよ」
「はい・・・・・・」
「だいじょうぶ、メアリ?」
「ダニエラさん・・・・・・やっぱりわたしのせいなんでしょうか?」
「あんな連中の言うこと、気にすることはないわ。
本当に魔物が増えているかどうかなんて、わからないんだし。
仮にそうだったとしても、『貴族』 が現れたからでしょ? あなたのせいじゃない」
(彼がきたから魔物がふえた? えっ、彼?)
わたしが思った“彼”がジェラルド様ではないというのははわかったけれど、誰のことを言ったのか自分でもわからなかった。
どうして、急にそんな考えがよぎったのだろう・・・。
ふたたび響いたノックの音がわたしを現実に引き戻した。
「また来た。ほんとしつこい人たちね。
ちょっと待ってて。今度こそ、ちゃんと追い返してくるから」
「・・・・・・」
(はぁ・・・・・・。 どうなってしまうの、これから・・・・・・)
「メアリ、あなたにお客様よ」
「えっ?」
「こんにちは!」
「イリヤ!?」
訪問者は親友のイリヤだった。
「ど、どうしたの、いったい・・・・・・?」
「そんなに驚くようなことでもないでしょ。退屈してるんじゃないかと思って、遊びにきたの」
「あ、ありがとう。だけど・・・・・・」
「ねえ・・・・・・ わたはなにがあっても、あなたの味方だからね。
あなたが悪いんじゃないって、わたしはわかってるから」
「イリヤ・・・・・・ありがとう」
「ボクだってそうさ!」
「リチャードも!?」
「あなたのところへ行くって言ったら、お兄ちゃんもついてきちゃって。ゴメンね」
「え、いえ・・・・・・」
「ああ、メアリ。ボクの愛しい人よ。キミは美しい。美しすぎる。
その美しさが罪なのだね。キミは、このボクの心だけでなく、領主様の心まで奪ってしまったんだ。
美しさは時として罪になる。その言葉を、いまこそ思い知ったことはないよ!
でも安心して。ボクはキミの味方だ。
ボクはリチャード。愛のしもべリチャード。
そのボクが、慕ってくれている女性をどうして見捨てることができるだろうか」
「・・・・・・」
リチャードには申し訳ないけれど、熱く語れば語るほど、わたしはただただ呆然としていくばかりだった。
イリヤと顔を見合わせる。彼女もわたしと同じ顔をしていた。
「ホント、ゴメンね。お兄ちゃん、思い込みが激しいから」
「そうさ! ボクたち兄妹以外のほとんどの連中は、非常識なわからず屋なんだよ」
リチャードの思い込みはともかく、ふたりがきてくれたことがうれしかった。
「ありがとう、イリヤ。 リチャードも。
わたし、決めたわ。外に出て、自分の口からちゃんと説明する」
「そうよ。あなたがコソコソする必要なんてないんだから」
「うん、いいんじゃない。キミがそう決めたなら、ボクは賛成さ」
「・・・・・・いいですよね、ダニエラさん?」
「そうね。教会の外にも、あなたの味方はいるんですものね」
「はい!」
「まずはここから・・・・・・」