わたしは学校にやってきた。
仲間たちに、自分の口から説明するために。
教室には生徒たちが集まっていた。

「みんな、おはよう」

わたしが声をかけた途端、教室の中がしんと静まりかえった。

(みんな・・・・・・)

視線がわたしに集中している。
どこか冷たく、よそよそしい。以前とは違う視線。

「みんな、聞いて。領主様とわたしは・・・・・・ あっ、みんな・・・・・・!?」

事情を説明しようとした途端、みんなはクモの子を散らすように、いってしまった。

(どうして・・・・・・)

「許してやってほしい」

「あっ、オーギュスト・・・・・・」

「彼らは少し混乱しているんだ。
 その・・・・・・あまりにも思いがけないことが起きたものだから」

「わかってる。わたしだって、とっても驚いたし・・・・・・
 それによくわからないの。今回のことは。
 どうして、わたしが・・・・・・ 領主様の花嫁に選ばれたのか。
 わたし、どうすればいいんだろう・・・・・・」

「だいじょうぶかい、メアリ?」

「え、ええ、だいじょうぶ。教会の人たちや、イリヤもいるし。
 それにオーギュストだって・・・・・・」

彼の目を見る。
以前と変わらない、優しい眼差しがそこにあった。

「ああ、私はいつでも君の味方だよ」

「良かった。ありがとう、オーギュスト」

「でも、気をつけるんだよ。村人の中には、怪現象と君を結びつけて考える者もいる」

「どうして? わたしが魔物を呼び寄せたり、井戸を枯らしたりできるはずがないのに」

「不安なんだよ、みんな。
 事情のわからないことばかり起きて、誰かのせいにしなければいられないんだ」

「・・・・・・」

「もちろん、理解できるからといって、共感できるわけじゃないけれどね。
 君をそんな目で見ること自体、許し難いよ。本当に。
 君にもしものことがあれば、私は・・・・・・」

「・・・・・・オーギュスト?」

「ああ、私はそろそろ行かなくては。村長に呼ばれているんだ」

「村長さんに?」

「まあ、話の内容はおよそ察しはつくけれどね。
 君も今日のところは帰ったほうがいい。生徒たちには、私が説明しておくから」

「ええ」

「それじゃあ、門の外まで送っていくよ」


「・・・結局、うまくいかなかったな」

勢い込んで教会を出てきたものの、結局は誰にもうまく説明することができなかった。
オーギュストの信頼が確認できたのが、唯一良かったことだ。

(オーギュストがみんなに説明するって、言ってくれたけど・・・・・・
 わたしが直接話す機会を作ってもらったほうがいいのかな)

「くっ・・・・・・うっ・・・・・・」

「えっ?」

「ぐっ・・・・・・ちきしょう、このぐらいの傷で・・・・・・」

(誰かの声がする!?)

「だ、誰!? そこに誰かいるの!?」

声のしたほうに角を曲がると、壁にべっとりとついた真っ赤ものが目に飛びこんできた。
その壁に手をつき、寄りかかっているのは・・・

「きゃっ!? ヴィクトル!? ど、どうしたの!?」

「あ、ああ・・・・・・オマエ、か」

「ひどいケガ・・・・・・血まみれじゃない」

「そんな顔、すんなよ。たいした傷じゃない」

「ほ、本当に?」

「ああ、本当だ。だから、安心しろ・・・・・・痛ッ」

「ヴィクトル!?」

「だ、だいじょうぶだ・・・・・・こんなの、かすり傷みたいなもんだ」

(いったいなにがあったの!? 早く手当てしなきゃ。ヴィクトルが死んじゃう!!)

「待ってて! いま、誰か呼んでくる・・・・・・」

「必要ねえっ!」

「えっ!?」

思わず足を止めてしまうくらい、強い言葉だった。

「必要ないんだ。どこにも行くな」

「で、でも・・・・・・」

「いいんだっ」

ヴィクトルの視線が、わたしを射る。

「村の連中の世話になんかなりたくねえ。こんな姿を見られるのもゴメンだぜ」

「そんな・・・・・・ 意地を張ってる場合じゃないでしょう?」

彼が村の人たちに強い不信感を抱いているのは知っていた。
でもそんなことかまっていられない。

「死んじゃったら、どうするつもり!?」

「ほんとに見た目ほどひどいケガじゃないんだ。ほとんどは・・・・・・まあ、返り血みたいなもんだ」

「返り血? ヴィクトル、あなたいったいなにを・・・・・・?」

「・・・・・・」

「ねえ、ヴィクトル!?」

「ちょっとした魔物退治だ」

「魔物退治? ヴィクトルが?」

「おう」

「魔物の話は聞いたけど・・・・・・村の外で退治したの?
 でも、いったいどうしてヴィクトルがそんなことを・・・・・・?」

「それ以上は聞くな。聞かれても答えられないからな」

(魔物退治・・・・・・)

「・・・・・・村のために?」

「村のため? 村なんてどうなろうと、知ったこっちゃねえよ」

「・・・・・・もしかして、わたしのため?」

「なんで、オマエのためなんだよ?
 違うぜ、オレはただ、魔物相手に自分の力を試そうと思っただけだ」

ウソだ。ヴィクトルはウソをついてる。
わたしにはすぐにわかった。
ヴィクトルは子供の頃から、ウソをつく時に目をそらすクセがある。

「ごめんなさい、ヴィクトル! 、わたしのせいで、こんな・・・・・・こんなっ・・・・・・」

「違う。オマエのためだったとしても、オマエのせいじゃない」

「・・・・・・えっ?」

「それって、どういうイミ・・・・・・」

「そんなことはどうでもいい。
 それより、オマエ・・・・・・村の連中からいろいろ言われてるらしいな」

「うん・・・・・・」

(ヴィクトルの耳にまで届いているんだ。それじゃあ・・・・・・)

「・・・・・・領主様のことも?」

「ああ、知ってる」

「そう・・・・・・」

ヴィクトルはどう思っただろう? わたしが領主様に求婚されたこと。

(領主様はとても素敵な方だけど・・・・・・)

けれど人間じゃない。人間を越えるちからを持った 『貴族』 だ。
あの夜の出来事だけで、それはよくわかっている。

(やっぱり、わたしのことも怖いって思ったのかな・・・・・・
 聞いてみたいけど・・・・・・)

聞くのが怖い。

「周りの目なんて気にするな。オマエのことを信じてるやつだって、大勢いる」

「う、うん」

「だから、誤解してるやつらのことなんて気にする必要ないんだ」

ヴィクトルの言葉だけに説得力があった。
正直、彼も村の人たちからは、あまりよくは思われていない。
孤独で、無口で、なにを考えているかわからない。そんな目で見られていた。

(でも、わたしは知っているもの。ヴィクトルのこと。
 どんなに優しいかってこと)

「そうだね。ちゃんと話してみないと、その人のことはなかなかわからないものね」

「ああ」

「わたしは、ヴィクトルのことをわかってるつもりだよ?」

「・・・・・・オレもだ」

「えっ?」

ヴィクトルの手が、わたしの腕をつかんでいた。
思わず彼の顔を見る。

「オレも、オマエのこと・・・・・・ よくわかってるつもりだ」

「ヴィクトル・・・・・・ありがとう」

(ああ、ここにもいてくれたんだ。わたしのことを信じてくれている人・・・・・・)

やっぱりヴィクトルはヴィクトルだった。
昔のままの彼。少しも変わっていない。