教会に戻ってから、わたしは庭をお掃除していた。
(今朝はできなかったから、その分もしっかり綺麗にしなきゃ)
「・・・・・・少し安心しました」
「あっ、バージニア様・・・・・・」
「今朝までとは違って、いい表情をしていますね」
「そうでしょうか?」
「ええ、そうですとも。励ましに来たのですが、その必要はなかったようですね」
「ありがとうございます、バージニア様。友達のおかげです」
イリヤやオーギュスト、ヴィクトルたち。彼らが勇気をくれた。
「友情はとても尊いものです。彼らを大切になさい」
「はい」
「『貴族』 がなぜあなたを花嫁にと望んだのか、わかりません。こんなことは初めてです。
わたしがこの村に来て数十年、いえ、それ以前の村の記録にもなかったことです。
『貴族』 が村にやってくるなどというのは。
ですから村人たちが不安に思うのも、当然といえば当然なのですが・・・・・・
ですが、メアリ。あなたもまた、わたしたちの大切な娘、大切な家族です。
強いられた婚姻、ましてや相手が 『貴族』 など・・・・・・決して、認められるものではありません。
メアリ。わたしもダニエラもあなたの幸せを願っています」
「はい、バージニア様。ありがとうございます」
「メアリ。あなたに神の祝福を」
(ありがとうございます、バージニア様・・・・・・)
どんなことがあっても、この人たちがいるから耐えられる。前向きに生きていける。
この時、わたしはそう思っていた。
それがあまりにも儚い希望だということも知らずに・・・・・・。
次の日の朝――。
「・・・・・・はい。ええ、そうです」
教会の外で、ダニエラさんが誰かと話している。
(なにかしら?)
「えっ!? そ、そんな・・・・・・」
扉を開けて、ダニエラさんが中に入ってきた。
「・・・・・・・・・・・・」
(あっ・・・・・・!)
ダニエラさんの表情はいつもと違っていた。
驚きが買いに貼り付いたまま、こわばっている。
「ダニエラ、さん?」
「あ、あの・・・・・・ね、メアリ。お、驚かないで・・・・・・」
うまく言葉にならない。
「・・・・・・」
ただごとじゃない。わたしにもわかった。
「あの、ダニエラさん? いったい、なにが・・・・・・」
「・・・・・・イリヤさんが・・・・・・」
「イリヤ?」
胸騒ぎ。不安という名の黒い染みが、心に急速に広がっていく。
「イ、イリヤが・・・・・・」
なにもない。なにかあるはずがない。
そう思いながら、わたしはうまく喋ることができなかった。言葉が喉に引っかかる。
「か、彼女が・・・・・・ どうか、したんですか?」
「・・・・・・亡くなったの。魔物に襲われて」
「ウ、ウソ・・・・・・」
「・・・・・・」
ダニエラさんが視線をそらす。
伏せた顔に浮かぶ沈痛な表情が、嘘でも冗談でもないことを物語っていた。
「ウソです、そんなこと・・・・・・。イリヤが・・・・・・ そんなこと、あるはずがありません!」
それでもわたしは信じることができなかった。
「あっ、メアリ!」
わたしは駆け出していた。イリヤの家に向かって。
「イリヤっ!!」
わたしはお屋敷の人に案内されるよりも早く、彼女の元へと駆け込んだ。
そこでわたしを待っていたものは・・・・・・。
「イリヤ・・・・・・ウ、ウソ・・・・・・」
目の前に、イリヤが横たわっていた。
・・・・・・物言わぬ冷たい躯となって。
「ウソでしょ、イリヤ・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
彼女はひと言も発しない。目も開かない。手も足も動かない。呼吸も、鼓動もない。
「イリヤ・・・・・・うわああぁぁッ!!」
「なんということだ・・・・・・こんな・・・・・・。
いったいなぜ、娘がこんな目に・・・・・・」
「イリヤ・・・・・・う、ううっ・・・・・・うううっ」
村長さんとリチャードもうなだれていた。
(イリヤ・・・・・・ どうしてあなたが・・・・・・)
浮かんでくるのは、彼女との想い出ばかりだった。
どうやって部屋まで戻ってきたのか、よく覚えていない。
(どんな時でも、あなたはわたしを助けてくれたのに・・・・・・
それなのに、わたしはあなたを救えなかった。ゴメン・・・・・・ゴメンね、イリヤ・・・・・・)
ずっと彼女のことを考え続けていた。
考えても、もう彼女は戻ってこない。二度と会えない。
頭のどこかでそれはわかっている。わかっているけれど、考えずにはいられなかった。
(・・・・・・えっ、なに? まただわ。いったい、なんの音?)
緊迫した声と、そして怒声。金属のぶつかり合うような音。
(た、大変だわ!)
なにか、ただならぬ出来事が起きたんだと、悟った。
(・・・・・・そ、そんなっ!?)
教会の外に出たわたしの目に飛び込んできたのは、村じゅう総出の魔物退治の時とうりふたつの光景だった。