手に手に武器やたいまつを持った村の人たち。緊張にこわばった顔、血走った眼。
いつもの魔物退治とひとつだけ違っていたのが、彼らが目指しているのが森ではなく、この教会ということだった。

「いくぜ、みんなっ! オレたちについてこい!」

「わかっているだろっ!? アイツを血祭りにあげなきゃ、次はオレたちの番だぞ!」

(あの人たちは・・・・・・!)

先頭に立って、村の人たちをけしかけているのは、自警団の中でも特に荒々しい気性で知られているレオとギルベルトだった。

「そうだ、アイツをぶっ殺すんだッ!」

(アイツって・・・・・・)

「いくぞおぉーーッ!!」

群集が教会に押し寄せてくる。

(や、やめて・・・・・・!)

「やめるんだっ!」

「そうだぜ、こいつの言うとおりだっ!」

(あっ・・・・・・)

飛び出したのはオーギュストとヴィクトルだった。
ふたりが群集の前に立って、説得しようとしていた。

「やめるんだ、みんなっ!
 こんなことをして、なんになると言うん・・・・・・」

「うるせえっ! これでも食らえ!!」

「うっ」  レオの一撃に、オーギュストがくずおれた。

「さまあみろ。アイツの味方をするやつは、魔物の味方をするのと同じだ」

ギルベルトの言葉に、そうだ、そうだ、という声が群集の中からも上がる。

(そ、そんな・・・・・・)

「落ち着くんだ。こんなことをしても、なんの解決にもならない」

「ちっ、まだ言いやがるか。このっ!」

「うぐっ!」

「やろうッ!」

「ダメだ、ヴィクトル・・・・・・ 手を出してはいけない!」

「なんでだよ!?」

「私たちが手出しすれば、彼女がこの村にいられなくなるっ」

「・・・・・・くっ!」

「みんな! まずはこのふたりから血祭りに上げてやれ!!」

「やらなきゃ、次はオレたちの番だ!
 イリヤみたいに死にたくなけりゃ、やるしかねえっ!!」

群集を狂気が支配していた。
レオとギルベルトを先頭に村人たちが、オーギュストとヴィクトルに襲いかかる。

(ああぁ・・・・・・あぁ・・・・・・ ダ、ダメ・・・・・・こんな・・・・・・こんなこと・・・・・・)

「やめてぇ! ふたりにひどいことをしないでっ!!」

「メアリ、オマエっ!?」

「ダメだっ、出てきてはいけない!」

「で、でもっ・・・・・・」

「わ、私たちなら・・・・・・ぐっ・・・・・・だ、だいじょうぶだっ
 君は・・・・・・うっ、は、早くここから・・・・・・に、逃げるんだっ」

「そう、だぜっ・・・・・・ こんなの、たいしたこと・・・・・・ねえ、よっ」

「ああっ、ヴィクトル!? オーギュスト!?」

「いたぞ、魔女だっ!」

「アイツを捕まえるんだっ!!」

「・・・・・・!」

「やめろっ・・・・・・行かせは、しないっ」

「そう、だ・・・・・・。ア、アイツには、指一本触れさせねえ・・・・・・っ」

「くっ、しつこいやつらだ!」

「まだオレたちの邪魔をする気が!」

鈍い音が響く。

「・・・・・・ううっ」

「オーギュスト!?」

「次はオマエの番だっ!」

「ちきしょうっ! ここまでやられても手を出しちゃいけんえのかよーっ!! ぐっ・・・・・・」

「よし、いまのうちだ! 魔女を撃てっ!!」

わたしに向かって、矢が放たれる!

「あぁっ!?」

逃げることも、避けることもできないっ。
わたしが死を覚悟したその時・・・・・・。

「逃げてっ、メアリ! うっ!?」

「ダ、ダニエラさんっ!?」

わたしの代わりに矢を受けたのは、ダニエラさんだった。

「ダニエラさんっ!?」

「あぁ、メアリ・・・・・・。あなたには、当たらなかった・・・・・・?」

「はい・・・・・・はい、ダニエラさんのおかげで・・・・・・」

「良かった・・・・・・」

ダニエラさんは微笑んだ。
血の気を失った顔で弱々しく。けれど、確かに微笑んだ。

「ダニエラさん、どうして・・・・・・? どうして、わたしの身代わりなんかに・・・・・・」

「いいのよ。わたし、にできることは・・・・・・ これくらいだから」

「ダニエラさんっ!? しっかりして!?」

ダニエラさんの身体が重くなる。
彼女の身体から力が抜けていく。

「いやっ! ダニエラさん、死なないで!」

「ごめん、なさい・・・・・・メアリ・・・・・・。
 わた、し・・・・・・あなたの、ことを・・・・・・。・・・・・・」

ゆっくりとまぶたが閉じられる。

「ダニエラさん!?」

「・・・・・・・・・・・・」

「目を開けてください、ダニエラさんっ! ダニエラさんッ!!
 いやあっ! いやあ、ダニエラさんっ!!」

ダニエラさんの身体をゆさぶる。強く抱きしめる。
けれど、彼女は動かない。

「ダニエラさんっ!」

「・・・・・・・・・・・・」

何度声をかけてみても、ダニエラさんはもう目を開いてはくれなかった。

「う、そ・・・・・・どうしてこんな・・・・・・」

ぼおっ!という音が背後で聞こえた。

「・・・・・・!!」

振り返ったわたしの眼に飛び込んできたのは、教会が炎に包まれていく様子だった。

「あ・・・・・・ああ・・・・・・」

わたしの教会。
わたしの生まれ育った場所が燃えている。
炎はたちまち広がっていく。
扉も、壁も、柱も、天井も・・・・・・すべてが赤い炎に覆われていく。
燃えてしまうすべてが。なにもかも燃えてしまう。

「みんな、ここから出るのです! さあ、早く!!」

「バージニア様っ!?」

「あぁ、メアリ! あなたも早く逃げるのです・・・・・・あああぁっ!?」

「バージニア様ぁッ!?」

バージニア様の服に燃え移った炎は、たちまち彼女を焼き尽くす。

「あああっ、バージニア様あぁッ!?」

「逃げ・・・・・・て・・・・・・メアリ・・・・・・」

バージニア様は、教会の真ん中で一本の炎柱と化していた。

「バージニア様っ!!」

激しい炎が横から吹きつけられ・・・・・・
それが止んだ時には、バージニア様の姿はもう消えていた。

「いやぁ、どうして・・・・・・ どうしてこんな・・・・・・」

わたしが領主様の花嫁になることを望まなかったから?
わたしのせい?
ぜんぶ、わたしのせい?
わたしの・・・・・・。

もう何も考えられない。
魂(ゼーレ)が哀しみの深淵に沈み込んでいく。

(あぁ・・・・・・)

わたしにできたことは、このままこの場所で意識を失ってしまうことだけだった。