「・・・様。 どうして行ってしまわれたのですか。 どうして・・・」

 あの日から、何度、答えのない問いを続けていただろう。
 だけどそれも今日で終わり。
 この世でのあなたの歩みを神様が見守りくださいますように。
 神様の御前に立っているなら、あなたが祝福を受けますように。
 ここで私はあなたの帰ってくるのをいつまでも待っています。
 でもあなたが天の上で待つなら、そこで会いましょう。
 ・・・。
 白い薔薇の花束を抱きしめて、私は湖のほとりからゆっくり歩き出した。
 冷たい水が足をのぼってきて胸までぬらしてもなお迷いのない足取りで。
 水中から見上げる水面はきらきらと輝いていて、とてもきれい。
 とめどなくあふれてきた涙は水にとけて、腕から解放された白い薔薇が
 光に向かって1本2本とのぼっていくのが映った。
 手を伸ばした水面の輝きはどんどん遠くなり、私の身体は冷たい湖の底深く沈んでいく。
 愛しいあの人の面影だけを心に抱きしめながら。

                   ・
                   ・
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       「はぁ・・・またあの夢・・・」

       ベッドの上に起き上がったものの、両手に顔を埋めたまま、しばらく動けなかった。
       似たような感じの夢は時々見るんだけど、今日のは特にきたなぁ。
       はぁ・・・。手のひらの間から大きなため息がもれた。
       夢とは思えないほど感覚はリアルで、水の冷たさがまだ全身を包んでいる。
       ・・・。
       でもいつまでも余韻にひたっていられない。
       思い切って顔を上げ、頬を2回パンパンと叩いた。

       今日は9月22日。

       “薔薇の誇り” と名付けられた名門校、ローゼンシュトルツ高等学園へ入学する日。
       よし!  まずはこのはれぼったい目をなんとかしなくちゃね。

         *  *  *  *  *  *

       「えー ですから、皆さんも良くご存知のように、
        我が校には、国の運営を担う使長を養成するシュトラールクラスがありますが、
        近年、選ばれる人数が少なく、去年は一人も選ばれずに寂しいかぎりでした。
        が、しかし!
        今年は5人が選ばれ、本来の形に戻ることができ、大変喜ばしい年となりました。
        そして、クーヘン王国にも・・・」

       ふ〜、校長先生の話長かった〜。
       せっかく目をなおしたのに、また眠ってしまいそうだったわ。
       入学式が行われたホールは扇形になっていて、小さな劇場なみの音響効果があるのか、
       やたら派手な校長先生の声はオペラ歌手なみだった。
       しかも館内はうすぐらくて、スポットライトまで当たってたし。

       人の流れにのって、明るい屋外に出た私は目を細めて校舎を見渡した。
       これでいよいよ私の2年間の高等学園生活が始まるのね。
       楽しみー。
       さて、入学式も終わったし、寮にもどって荷物の整理でもしようかな。
       そう思って歩き始めた時だった。

       「ねえねえ、あなたさっき私の前に座っていた子でしょ?」

       「えっ!! あっそうだけど」

       気が強そうな感じの、でもきれいな金髪の子が声を掛けてきた。

       「では同じクラスね、私ヴェルヘルミーネ、お友達になりましょうよ」

       「ええ、よろこんで、私エリカ」

       「今友達になった子が、あと2人もいるのよ!」

       そう言って、ヴェルヘルミーネは後ろに目を向けた。

       「私マリーン! 仲良くしよ〜ね!」

       小柄な子がくりくりとした大きな目で私を見上げてる。
       幼い感じがするのは、彼女のとなりにいる大人びた人と比べちゃうせいかな。

       「そうだ! マリーンがカワイイあだ名考えてあげる!」

       「えっ!!」

       「う〜ん、どうしよっかなぁ〜。 エリカちゃんは、カワイイからぁ・・・
       ! ギムネマちゃん!」

       「えっ、えっ!!」       

       じょ、冗談でしょ〜?
       どこをどうすれば、エリカがギムネマになるっていうの!?
       でもマリーンはご満悦な表情でにっこり笑って言った。

       「ギムネマちゃん、ヨロシクネ!」

       「なっ、ダメよ。 勝手にあだ名付けちゃ!」

       慌てたようなヴェルヘルミーネの声にマリーンは口を尖らせた。

       「え〜、いいじゃ〜ん。
        ねっ、ギムネマちゃんはいいよね?」

       「あ、い、ぅ・・・うん」

       うう・・・私のお人よし。

       「私のことはミンナって呼んでね」

       自分まで変なあだ名をつけられちゃたまらないと思ったのか、
       ヴェルヘルミーネは急に思い出したように付け加えたあと、
       マリーンのとなりにいるもうひとりの女生徒へ顔を向けた。
       その視線に気付いて、クールそうな人は落ち着いた笑みを浮かべる。

       「フフ・・・私も自己紹介するわ。 オーガスタよ、よろしく。
        ねえ、立ち話もなんだし、カフェでも行かない?」

       「うん、そうしよ〜」

       「いいよ、お茶しに行こう」

       マリーンと私が向きを変えたそのとき・・・

       「キャーーーーーーーーーー!!!! 見て!!」

       わっ何事!? ものすごい声にびっくりして振り向くと、
       ミンナは頬を両手ではさんでうれしそうに叫んだ。

       「シュトラールよ!」

       えっ、あの方達がシュトラール。

       女生徒たちの視線と悲鳴にも似た歓声を浴びて、5人の男性が通り過ぎていく。
       ここからでは後ろ姿しか見えなかったけど、何かに気付いたのか、
       彼らの先頭を歩いていた金髪の方がちらりと振り返った。

       キャー!!
       たったそれだけの仕草なのに、いっせいに黄色い声があがる。
       わっ、すごい美形。
       私は叫ばなかったけど、そのかわりに息を飲んで立ちすくんでしまった。
       なんて高貴な・・・豪奢な金髪が揺れて、光さえも従えているみたい。
       すぐ向きを変えていってしまわれたけど、それだけで充分だった。
       我に返って横を見ると、ミンナは両手を組み合わせて、
       なおも夢見るような眼差しをシュトラールの後姿に送っていた。
       頬をバラ色にそめて、うっとりとつぶやく。

       「いや〜ん。 さすがシュトラールに選ばれる方々ね、
        ステキー! 早くお近づきになりたいわ〜」

       「みんなステキで、誰を狙うか迷っちゃう」

       「えっ それどういうこと?! 早くもシュトラールねらい?」

       マリーンのひとりごとに思わずびっくりした声をあげちゃったけど、
       マリーンは、何言ってるの? という表情をありありと浮かべて私を見上げた。

       「当たり前じゃない!
       ギムネマちゃんは何のためにこの学園に入ったの!」

       そんな堂々と言われるとかえって反論できないんだけど・・・。
       絶句した私に代わり、オーガスタが口を開いた。

       「その意見もどうかと思うけど。
        まっ、とにかくお茶しに行きましょう!」

       その後、私たち4人はカフェに入って、たくさんおしゃべりしました。

       そんな感じで、早速お友達もできて、ステキなシュトラールクラス生も見れて、
       高等学園一日目は順調な滑り出しってところでしょうか。
       これからの2年間が楽しみです。