チチッ チチッ 外から小鳥のなく声が聞こえる。 「・・・またあの夢・・・」 ベッドの上に起き上がり、そっと手で口をおおった。 そのまま上半身が重力に引き寄せられて傾き、羽毛布団の上に、 ぱふっと顔を突っ伏す。 脱力したようにしばらく動けなかった。 体は動かなくても頭の中はさっきまで見ていた夢のことをめまぐるしく考えている。 時折見る夢はリアルすぎて、目覚めてもしばらくははっきりと感覚が残っていた。 現実に気付くとほっとする反面、胸に鈍い痛みが走る。 夢はまるでひとつの物語のようで、同じ男の方がよく出てきた。 その方の顔がはっきりしないのが、すごくもどかしいんだけど。 布団に埋めた顔を横に向けて時計を見ると、いつもよりだいぶ早い時刻。 けれど、また眠る気は起きなかった。 ふぅ。 長いため息のあと、はずみをつけて一気に起き上がる。 窓際へ歩み寄ると、細い光が差し込んでいるカーテンの端を少しめくった。 外に広がるのは素晴らしい秋晴れになりそうな高く澄んだ空。 窓のすぐ近くには大きな広葉樹が枝を伸ばしていて、葉を落とした向こう側には 整備された小道とさらにその先に美しい建物が望める。 ここはローゼンシュトルツ学園の女子寮の一室。 ローゼンシュトルツ学園は全寮制をとっていて、生徒はみな親元を離れて寮に入る。 とはいっても、貴族や富豪の子女が通う学園なので、部屋はみんな豪華な個室制。 見慣れなかったこの部屋にも馴染んできたこの頃、再び例の夢は訪れた。 似たような風景に、顔も声も分からないのだけれど同じ男性の方・・・ 起きた時に湧いてくるこの感情はなんなのだろう。 カーテンを戻して窓に背を向けると、身支度をととのえる。 だいぶゆっくりとしたつもりだったけど、起きたのが早い分、いつもより早く終わってしまった。 今度はカーテンを大きく開け放してあらためて空を見ると、本当に今日は良い天気。 ちょっと中庭でのんびりと時間をすごそうかな。 完全にシンメトリーになった校舎は壮麗で、庭も手入れが行き届いている。 静かな学園内に澄み切った秋の空気がとても気持ちいい。 ストン ん! ・・・弓矢の音? その音は足が向かう先から一定の間隔を置いて聞こえてきた。 中庭の角を曲がると、変わった白い服を着た人が片肌を脱いで弓を握っている。 あら? こんな早朝に・・・。 誰かしら。 「あ・・・」 思わずその場に立ち尽くしてしまった。 なんてキレイな方なんだろう・・・。 さらさらとした長い黒髪が目を引く、とても凛としたお方。 「ん?」 その方が気付いて目を向けても私は視線をそらせなかった。 「・・・・・・」 入学式に拝見した金髪のシュトラールの方もステキだったけど、それとはまた違った・・・。 漆黒の髪と瞳のせいかしら。どこか神秘的な雰囲気がする。 「東洋人の顔を見るのは初めてですか?」 穏やかな声にハッと我にかえった。 「えっ、あ、ごめんなさい。つい見とれてしまって・・・」 「!? あなたは・・・」 「・・・・・・・」 黒い瞳がじっと私を見つめた。 「??? どうかしましたか?」 「どこかで・・・」 考え込むように声を途切らせつつ、その方は小さく言葉を続けた。 「・・・自分はあなたにお会いした気がします」 「え?」 「あ、すいません。独り言です。 それにしても早起きですね。 あ・・・。 自分も人のことは言えませんね」 ちょっと苦笑した目が弓に向けられる。 「空気が澄みきっていて晴れやかな朝だったので、つい弓を握りたくなってしまいました」 「不思議な形をした弓ですね」 「これは日本式の弓です。弓道といって武道の一つです」 「弓道? ・・・武道・・・?」 「これで強い精神を鍛えます。日本の・・・スポーツ・・・ですね」 「日本の方なのですか? あ・・・えっと・・・」 黒い瞳が優しく微笑んだ。 「ナオジ・イシヅキです」 「あ・・・ナオジ・イシヅキ様。私はエリカです」 「ナオジで結構ですよ」 「はい」 ナオジ様は弓を構えるとヒュッと矢を射った。 ストン! 「・・・すごい。 全部真ん中に・・・」 「自分は弓を握るとスッと心が落ち着きます」 構えていた弓をおろし、明るくなった空を見上げる。 「さ、そろそろ行かなくては、遅刻してしまいます」 見たことのない変わった服・・・あとであれは日本の服で “袴” っていうのを知ったんだけど、 そのなかにあらわにしていた肩を入れ、きちんと着なおすと、ナオジ様は私に目を向けた。 「それでは失礼します」 反射的に会釈している間に通り過ぎる気配がして、顔を上げたあと 私の視線は去っていくナオジ様の後ろ姿をずっと追っていた。 ようやくほかを見ることができたのは、角を曲がってお姿が完全に見えなくなってから。 はぁ〜。 脱力感にも似た長いため息がもれた。 キレイな方だったわ。それになんて礼儀正しいのかしら。 ・・・・・・。 と、急に顔が熱くなってきた。 話しているときは気にする余裕がなかったけれど、あの方、上半身ほとんど裸だったわよね。 マズイ。 どんどん顔が火照ってきたわ。 授業が始まる前に少し頭を冷やしてこよっと。 こうして私も急ぎ足で中庭をあとにしたのでした。 |