「ねぇ〜、ギムネマちゃんは部活に入らないの〜?」

放課後のカフェ。
マリーンのこの一言から、いつもの女友達3人とのおしゃべりは始まりました。

「そうね、あなたも何か入ったら? けっこう楽しいわよ」

「うん。ミンナは手芸部だったよね」

「ええ、女性のたしなみとして当然のことかしら」

彼女は得意げに肩にかかる金色の髪をさらりとはらいのけた。

「そういうのは個人の好みの問題だと思うけど。
 でも興味をひくものがあれば参加してみるのも悪くないんじゃなくて?」

オーガスタがモカのカップを持ったまま、私に目を向ける。
マリーンも私の顔を見上げて言った。

「そうだよぉ〜。絶対部活したほうが楽しいよ〜。
 でもぉ、最近、神秘研究部の部室を覗いていく男子がいっぱいいるんだよねぇ。
 きっとマリーンを見に来てるんだよ。部活でも注目されちゃってマリーン困っちゃう〜」

「神秘研究部ってどんなことをしてるの?」

こうなるとミンナとオーガスタは相手にしないので聞くのはいつも私。

「マリーンはねぇ、媚薬をつくっているの〜。
 完成したらギムネマちゃんにもあげるね」

「あ、ありがと・・・」

「それはともかくとして、どこか考えているところはないの?」

オーガスタの問いに、私はちょっと言葉をつまらせた。
・・・実はもう決めてあるんだ。
さっき廊下でお茶に誘われなければ今ごろ入部届を出していたんだけど。
でも私が答えるよりいち早く、ミンナがオーガスタに話し掛けた。

「ねえ、オーガスタはエド様と同じ乗馬部よね。エド様ってどんなお方なのかしら」

「エド様?」

何気なく聞き返した瞬間、3人の視線がいっせいに私に集中した。
え、何? 何かおかしなこと言った?

「やだ〜! もしかしてギムネマちゃん、エド様を知らないの?!
 シュトラールを知らないなんて信じられな〜い!」

マリーン、声がでかい〜
でもミンナも、オーガスタさえも驚いたってことは、もしかして、それって常識?

「まさか・・・本当に知らないの?」

ミンナが信じられないというふうにつぶやいた。
あぜんとして見開かれた瞳は、やがて私が本当に知らないとみるや、
急に熱をおびてきて、やがて決然とした眼差しにかわった。

「分かったわ!
 私があなたにシュトラールの方たちのことを教えてさし上げる!」

「え? い、いいよ・・・」

ただならぬ気迫に思わずあとずさって椅子の背に体を押し付けてしまった。
マリーンとオーガスタにちらっと助けを求めたんだけど、
ふたりとも違う意味にとったみたい。

「遠慮しないでいいよぉ、ギムネマちゃん、私たち友達じゃない」

「そうね。いい機会だわ。
 この学園の生徒でシュトラールを知らないなんて恥ずかしいと思いなさい」

・・・なんだか、みんな妙に熱心じゃない?
今日中に入部届を出したかったんだけど、このぶんじゃ無理かしら。

「シュトラールが5人いるのは当然知ってるわよね」

そんな私の思いをつゆ知らず、ミンナは有無を言わさぬ調子で話し始めた。

「うん」

「カミユ様、オルフェレウス様、ルードヴィッヒ様、エドヴァルド様、ナオジ様だよぉ」

口をはさんだマリーンを邪魔そうに一瞥して、ミンナは説明を続けた。

「オルフェ様は金髪碧眼の方よ。侯爵家の出身でシュトラールのリーダー的存在ね」

「その方なら存じてるわ。 入学式のあとにお見かけしたもの」

「そう。では次はルードヴィッヒ様ね。 背が高くて威厳のあるお方よ。
 シュトラールの中でも一番爵位の高い方で、お母様は王族の出身・・・」

「ルーイ様はぁ、マリーンと同じで公爵家なんだよ〜」

「ちょっ、マリーン! 私が説明しているのよ!」

ミンナがキッとマリーンをにらんで声を荒げた。

「え〜 何怒ってるのぉ?」

その物言いがさらに頭にきたらしい。
ふたりで言い争いしてるのを無視して、オーガスタが言った。

「先に私がエドヴァルド様のことを教えてあげるわ。 
 エド様は快活な方で、乗馬はもちろん、スポーツ全般に秀でたお方よ。
 オルフェ様とは幼馴染で今も親友同士のようね。
 あの方は人間性を重視してくださるわ。きっと・・・」

「あら、エド様は生まれにいわくがあるって話よ」

「そうだよねぇ。肌の色がちょっと違うし」

いつのまにか会話に戻ってきたミンナとマリーンに
オーガスタは厳しい眼差しを向けて、ぴしゃりと言った。

「人を見かけで判断するものではなくてよ!」

あれ? クールなオーガスタがかなり怒ってる?
その間に今度はマリーンがテーブルの上にぐいと身を乗り出して言った。

「じゃあ次はマリーンがカミユ様について教えてあげる!
 カミユ様は伯爵家でぇ、と〜ってもきれいな方なの。
 私だけに見せてくれる笑顔がねぇ〜、すっごぉく素敵なんだからぁ。
 うわさでは植物とお話しができるんだって、すごいよね〜」

「へぇ、不思議なお方ね」

するとマリーンは口元に指を当てて上目遣いに私を見た。

「彼に近づいちゃダメだからね。私が一番最初に良いとおもったんだからぁ〜」

「そうかしら? 私はあまり興味ないんだけど」

ミンナはさっきのお返しとばかりに冷たく言い放った。

「お体が弱いみたいだし。でもルーイ様と遠縁に当たるらしいわ。
 最後はナオジ様ね。日本からの留学生でルーイ様にとても気に入られている方よ」

「日本では貴族を華族とよぶらしいけど、こちらでは伯爵家にあたる家柄のようね」

ミンナの説明にオーガスタが一言つけ加えた。
ナオジ様? 日本からの留学生?
ああ、あの方ね!  早朝、弓をひいていたりりしい姿が思い返された。
あの方がシュトラールのおひとり・・・納得しつつ私は答えた。

「その方なら存じてるわ。とても礼儀正しくて・・・少し神秘的なお方よね」

私の言葉にマリーンは、うーん、と小首をかしげた。

「雰囲気がある人だよねぇ。人気はあるみたいだけどぉ。
 でもやっぱりぃ、マリーンはカミユ様のほうがいいな〜」

「確かに感じのいい人であることは認めるわね。でもそれだけだわ」

オーガスタもあまり興味がないみたい。
ふーん、ふたりはそう思っているのかー。
そんなことを考えてると、ミンナが興味深そうに目を輝かせた。

「あら、あなた、もしかしてナオジ様に興味があるの?
 なら誕生日とか教えてさし上げるわ」

「・・・。 ねえ、なんでみんなそんなに詳しく知ってるの?」

3人は互いに顔を見合わせた。

「私は偶然耳に入っただけよ」  と、オーガスタ。

「保健室のぉ フランシス先生がすっごい詳しくって〜 いろいろ教えてくれるよぉ」

マリーンの言葉にミンナが不機嫌そうに言葉を返した。

「あの先生はドロドロとした人間関係が好きなだけよ。
 だから誰にでもそういうのを教えたがるの」

「そうなんだ」

「そろそろ時間ね。帰りましょ」

オーガスタがスッと席を立った。
それで今日のおしゃべりは終わったんだけど・・・
ああ、やっぱり入部届は出しに行けなかったな。

そんなわけで次の日、文学研究部に入部届を出しに行ったのでした。
ナオジ様が同じ部活だと知ったのは、しばらくしてからのことです。