興奮冷めやらぬ街から寮に戻ってきたのは空も白みかけた頃。
眠いけど、今年初めての日の出だもの。
神聖な気持ちで眺めてみようかな。
そう思いついて、寮の前で友達と別れて校舎の屋上に行ってみました。
あら、澄んだ音色が聞こえてくる。何だろう。
キィ
できるだけ静かにドアを押し開けて、そっとのぞいてみると、
誰かが屋上で楽器を奏でているみたい。
ここからでは姿は見えないんだけど、それにしてもきれいな音色。
いったい誰なんだろう。
よし、ちょっとだけのぞいてみよう・・・
忍び足で歩く自分に、正月早々なにやってるのかしら私、と思ったりもしたけど、
好奇心には勝てません。
角を曲がると、横笛らしきものを吹いている方の後ろ姿が目に入る。
え!? 私は思わず物陰に身を隠してしまった。
あの後ろ姿は・・・ナオジ様?
後ろの壁に張り付いたまま、心臓が急にどきどきと高鳴ってくる。
・・・。 息を落ち着かせて、もう一度、今度はそうっと顔をのぞかせた。
やっぱりナオジ様だ。きれい・・・。
今年一番の朝陽を浴びて・・・なんて清浄な空気に包まれているのかしら。
いつのまにか物陰からすっかり出てしまっていることに気付かないほど、
私は笛を奏でるナオジ様の姿に見とれていた。
! 笛の音が止んだと思った瞬間、ふいにナオジ様が振り向いた。
「ああ。あなたでしたか」
鋭い視線が私を認めて、穏やかな眼差しに変わる。
「明けまして、おめでとうございます」
礼儀正しいあいさつに、私もあわてて頭を下げた。
「おめでとうございます。
あの、すみません。 お邪魔してしまって」
「いえ、構いませんよ。 気にするほどのことではありません」
構えていた笛をおろして、ナオジ様はやさしく微笑んだ。
「それはナオジ様の国の笛ですか?」
「ええ。 これは竹という植物から作られたもので、
お祭りや祝い事のときなどによく奏でられます」
そう言うと、笛を差し出して見せてくれる。
へえ〜、これからあんな音が出てくるのか。
「不思議ですね。
穴のあいた細い棒にしか見えないのに、あんなに綺麗な音を奏でるなんて。
この澄んだ空に似合う、とても美しい音色でした」
「ありがとう。
本当に、静かで澄みきった空ですね」
黒い瞳がまぶしそうに夜の明けきった空を見上げた。
「さきほどまでの喧騒が嘘のようです。
この国の人たちは街へ出て、皆で賑やかに新年を迎えるのですね。
土地が変われば風習もまったく異なるとはいいますが、とても興味深いです。
・・・自分の国では家族だけで年を越します。
厳かに鳴り響く鐘の音を聞きながら静かに新年を迎えるのです」
目を細めて、そう語るナオジ様の表情には遥かなものを懐かしむ色がにじんでいて・・・。
きっと同じ空の下にひろがっているであろう、ご自分の故郷を思っていらっしゃるんだわ。
・・・。
「・・・帰りたいのですか?」
「え?」 ふとこぼれた質問にナオジ様は驚いて私を見つめた。
「御自分の国に。とても懐かしそうな目をしていらっしゃるので」
少しの間、黒い瞳が伏せられて、そしてふたたび私を見た。
「・・・。 そうですね。
でも今はまだ、その時期ではありません。
この国で学ぶべき事は、山のようにありますから・・・」
「そうですか。 ・・・。
あの、もしよろしければ、もう一度笛の音を聞かせてもらえますか?」
「ええ。構いませんよ」
硬くなっていた口元をゆるめて、ナオジ様はかすかに微笑んだ。
笛を口元にあてがうと、高く澄んだ音が新年の空に次々と紡ぎ出されてゆく。
・・・。 正直、複雑な気分だった。
ナオジ様が故郷を思う気持ちは分かるのだけれど・・・
あー もういいや!
私は頭のなかのもやもやしたものを無理矢理全部追い払った。
新年早々ナオジ様にお会いできたんだもの。今はその幸運を喜びましょう。
そのうえ笛まで聴かせていただけるなんて夢のよう。
新年を迎える時にやったおまじないがさっそくきいたのかしら。
ナオジ様が奏でる笛の音は耳に心地いい。
しばらく目を閉じて、この素晴らしい世界にひたっていましょう。
・・・。
寒い寒い冬の日、きらきらとダイアモンドダストが降り注ぐなか、 私はいつになくはしゃいでいた。 すぐそばで優しく見守ってくれる人が私の髪に落ちた雪のかけらをとってくれる。 白い息が舞う日、あの人はいつも少しはにかみながら私に手を差し伸べる。 指先を重ねると、心にあたたかいものがあふれ出て、自然と笑みがこぼれた。 手をつないで一緒に歩くその人がそばにいるだけで幸せで、 私はこの時が永遠に続けばいい、心からそう願っていた・・・ |