外は初夏の香りが満ちる6月。 講堂では校長先生の堂々たるスピーチが繰り広げられています。 「今日は建校記念日、歓喜に満ちたこの日を・・・。 日ごろの成果を・・・・・・。 ・・・ ・・・」 薄暗い講堂から吐き出された人の流れに混じって出てきた私は、 爽やかな空に向かって、うーん、と大きく伸びをした。 「ふ〜、いつもながら、校長の話長かった〜。 はりきって文学部の準備に行かなくちゃ」 ローゼンシュトルツ学園の建校記念日は毎年、学園祭として 各クラスや部活ごとにいろいろなイベントを行っています。 我が文学研究部の今年の企画は朗読会。 目玉は校長のポエムよ。 私も朗読会で発表するので今からどきどきです。 部室に行準、みんなはもちろんのこと、ナオジ様もすでにいらしていました。 「来ていただけましたか。もうすぐ、朗読会が始まります。 準備というほどの事は無いので、ゆっくりしてて下さい」 「はい・・・」 ずっとそわそわしている私に気付いて、ナオジ様が微笑んだ。 「落ち着かないようですね。緊張しているのですか?」 「え、ええ、実はかなり」 「そういう時は手のひらに “人” という字を書いて・・・ あ、分からないですよね。ちょっと手を貸してもらえますか?」 「はい。 !」 ナオジ様は差し出した私の手首を軽くつかむと もう片方の手で私の手のひらに何かを3回書いた。 「はい。これを飲み込むと緊張しないらしいですよ」 「飲み込む?」 「ええ。こうして・・・」 ナオジ様は自分の手のひらにも同じように書いて飲み込む仕草をしてみせた。 それで私も真似してみたんだけど・・・ 「ケホッ ケホッ」 空気まで飲み込んでしまったみたい。 「だいじょうぶですか?」 「は・・・い。ケホッ」 ・・・はぁ。苦しかった。 なんとか咳がおさまった私は深呼吸を繰り返した。 そうして一息ついたら、ん? さっきまでの緊張がほぐれた・・・かな? 「あ、なんか効いたみたいです」 「それはよかった・・・ですね。ああ、そろそろあなたの出番のようですよ」 「はい。行ってきます。ありがとうございました」 ナオジ様のおかげで落ち着くことができたし、よし、このまま 平常心、平常心・・・。 ・・・ Ride with me upon a shining star, Above the moonlit sky We will find elysium. Dream a dream And see through angel's eyes A place where we can fly away. Elysium・・・ ふぅ。 なんとか終わったぞ。 終わると一気に気が楽〜。 控え室に戻って一息ついていると、ナオジ様が声を掛けてくれた。 「おつかれさま。よい詩でしたね。 タイトルの “エリジウム” とはどういう意味なのですか」 「はい、エリジウムは異国の言葉で、“夢の世界” という意味です。 他にも天国とか理想郷とかいろいろ・・・」 ナオジ様の表情の翳りが私の言葉を途切らせた。 「夢の世界・・・ そうなのですか」 呟いた声はひとりごとのようで、それからナオジ様は口元に手を当てたまま、 じっとある一点を見つめて、思いに耽っていた。 どうしたんだろう。声をおかけしたほうがいいのかしら。 そんなことを考えてるうちに、向こうのほうから聞こえてきた拍手の音に はっと顔を上げたナオジ様は素早く会場を見やった。 「もう行かなくては。その詩、あとでもう一度聴かせてください」 ・・・そんなにあの詩がお気に召したのかしら。 会場に向かう後ろ姿を見送りながら、私は頭の中で何度も詩を反芻していた。 * * * * * ナオジ様が、詩の朗読をしている。 控え室にいても、よく通る落ち着いた声がはっきりと耳に届いた。 ・・・。 なんだろう? この感情。 控え室の入り口に立ち尽くしたまま、私は無意識に手を胸に押し当てた。 心が・・・震える。 「? ・・・泣いているのですか?」 朗読が終わって戻ってきたナオジ様は目を見開いて私を見つめた。 「あ、すいません。ナオジ様の詩を拝聴していたら、何か込上げてきて・・・」 「自分の詩で・・・?」 涙をぬぐう私を映した黒い瞳が穏やかな光を帯びた。 「・・・ありがとうございます。 抽象的な物ですから・・・。 耳を傾けて下さった方が、それぞれに何かを感じてくだされば嬉しいのです」 「あの、私には、とてもせつない・・・。もどかしさが伝わってきました」 「!? ・・・そうですか・・・」 かすかな沈黙ののち、ナオジ様は言った。 「自分は今、揺れています・・・。それをあなたは感じとってしまったのでしょう。 はやる気持ちでいるのに、未熟な私ではまだ、何もできないという事に・・・」 「?」 ふとナオジ様は苦笑した。 「あ、何を言っているのでしょう。自分は・・・。 忘れてください」 「は・・・い」 「気分直しに・・・。もう一編聴いてくださいますか? ファイゲを訪れた時の、短い夏を詠ったものです。 自分に共鳴してくださった、あなただけにお聴かせしたい・・・」 「はい」 私たちはそっとその場を抜け出した。 戻ってきたら、ちょうど最後の校長のポエムが終わるところで、 無事に朗読会は終了しました。 「今日は、ありがとう」 私を見つめてそう言うと、ナオジ様は離れていきました。 こうして1年目の学園祭は過ぎていったのでした。 |
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こちらでは、今回エリカが朗読した詩の日本語訳を紹介します。
タイトルの “エリジウム” はラテン語読みで、ギリシャ神話の 「エリシュオン」 にあたります。
私と一緒に輝ける星に乗りましょう。
そしてこの明るい月夜の遥か彼方に 私たちは夢の世界を見つけるの。
夢を夢見ましょう。
そしてその天使の瞳で見つけるのです。
二人で自由に飛んでいける場所を。
’05.3.20