早いもので、1年次ももう終わり。
もう学園生活の半分が終わってしまったのね・・・。
寮の部屋から見上げるレースのカーテン越しには、眩しい夏の日差しが輝いています。

さて、と。私は部屋を振り返った。
今日から2ケ月の夏期休暇はオーガスタのお邸でバカンスよ。
支度も整ったし、よし行こう! 楽しみー。

「皆、来てる?」

寮の入り口に集まっている友達のところに駆け寄ろうとした足が、
思わぬ人の姿を認めて、ふいに速度を落とした。
そこにいらっしゃったのは・・・

「おっす!」

「おはようございます」

「あれ、エド様とナオジ様。もしかして」

バカンスに行くのは私とミンナとマリーンの3人だけだって聞いてたんだけど。
不思議そうな表情を見て、オーガスタが満足げに微笑んだ。

「私の別荘は学校から遠くないし、私の父がシュトラールの皆さんを招待したのよ。
 そうしたら、お二人が来て下さることになったの」

それを聞いたマリーンとミンナの表情がぱっと輝いた。

「きゃ〜、マリーン嬉しい〜」

「素敵な夏休みになりそうね」

ふたりとも声が弾んでる。
そりゃそうよね。 憧れのシュトラールの方がお二人もいらっしゃるんだもん。
私も満面の笑顔でうなずいた。

「さあ、車が来たわ。行きましょ」

オーガスタの声に促されて私たちは一路別荘へと、しゅっぱーつ!

「わぁ、素敵なお屋敷ね」

緑の合い間から現れた別荘を見るなり、ミンナが歓声をあげた。
入り口におろされた跳ね橋を渡り、手入れの行き届いた庭をのぞみながら
瀟洒な建物の玄関前で車が止まる。

「さあ、中へどうぞ。
 この部屋を使ってちょうだい」

「ありがとう」

私のために用意された部屋は明るく開放的で、とっても素敵。
案内をしてくれたオーガスタがいなくなってひとりだけになると
さっそく窓を開けて新鮮な外の空気を思いっきり吸い込んだ。
うーん、気持ちいい!
今日から2ケ月間のバカンスが始まるのね。
でも勉強もしなくてはね。

そして別荘にきて数日後・・・

「さっきからずっと何をみてらっしゃるんですか?」

私は2階の廊下で、窓枠に腕組みをして寄りかかっているエド様に声をかけた。
鮮やかな赤い髪が揺れ、じっと外を見下ろしていた翡翠の瞳がこちらに向けられる。

「ん、お嬢さんか。アレ、何やってるんだと思う?」

視線の指した先を追うと、裏庭の木陰でナオジ様が座っているのが見えた。
変わった足の組み方をしていて、しばらく見てても微動だにしない。

「???」

首をかしげた私に、エド様は反動をつけて、壁から身を起こした。

「やっぱ分かんねぇか・・・よし、ちょっくら聞いてくるわ」

そう言うと、さも当然のように大きく開け放した窓に足をかける。
まさか・・・
思うより先に声が出た。

「ああ! ここは2階です!! 窓から出るおつもりですか?」

窓枠に足をかけたまま振り返ったエド様はいたずらっぽく微笑んだ。

「そ、その 「おつもり」。またな、お嬢さん」

!? 本当に・・・飛び降りちゃった・・・。
無事に着地したエド様は窓から身を乗り出す私を見上げ、
軽く手をあげてこたえると、何事も無かったように背を向けて歩き出した。
・・・。
私も気になるなぁ。
よし、行ってみよっと。
さすがに飛び降りるのは無理なので、くるりと向きをかえて、廊下を小走りに急ぎました。

あ、いらっしゃったわ。
おふたりを見つけたのは、裏庭ではなく、その先に続く小道。
近づくと、立ち話をしている二人の会話が聞こえてくる。
なんだか今から話に割り込むのも邪魔なようなので、
話し掛ける機会がくるまで、陰から立ち聞きする恰好になってしまいました。

「ナオジ、さっき裏庭にいたのを、2階から見たんだけど、
 あんな所で、しゃがみこんで何してたんだ?」

エド様の声に、少し思い出すような間のあと、ナオジ様の答える声が聞こえた。

「あれは座禅というものです」

「何それ?」

「瞑想・・・です。精神を統一させたり、
 イメージトレーニングに用いたりします」

「はぁ〜ん。靴も脱いじゃったりするんだ。めんどくさくねぇ〜?」

「日本の多くの家庭では靴を脱いで家に上がります」

エド様の質問攻めにもナオジ様はひとつひとつ丁寧に答えていた。

「は、裸足で生活してんの? 女も?」

「ええ。お座敷などの料亭でも、やはり靴を脱いで上がります」

おざしき?
私は少し首をかしげたけど、続いて聞こえたエド様の声に考えが中断して
ふたたび二人の会話に耳をかたむけた。

「げっ! 店に入んのも、靴脱がなきゃなんね〜の!?」

「ええ」

「・・・で、オザシキって何だ?」

いい質問です、エド様。
私は物陰でぐっとこぶしを握った。
盗み聞きするつもりは全然なかったのに、いつのまにかふたりの一問一答に
引き込まれて、次に答えるであろうナオジ様の声に耳をすませている私がいた。

「美味しい料理やお酒などが振舞われ、
 舞妓や芸者などと一時を楽しむのです」

「マイコ? ゲイシャ?」

調子外れの声がおかしかったのか、ナオジ様は微笑んだ。

「クス、日本の民族衣装を纏った、白く美しくしなやかな女性たちです」

「おお! そうなのか。
 よーし、ナオジ。オレ、卒業したら日本に行くわ」

「え???」

「観光旅行に行くからよ。そん時はバッチシ案内頼むぜ!」

「え・・・ええ」

・・・いったいどちらに案内させるおつもりですか、エド様。
すっかりその気のエド様に、あっけに取られながらもうなずくナオジ様。
おふたりのやりとりが面白くて、私はついつい物陰で笑ってしまった。
ナオジ様とエド様って性格が全然違うけど、とても仲がよろしいのね。
二人で盛り上がってるみたいだし、声をかけては悪いみたい。
さすがにこれ以上立ち聞きするのも失礼なので、そっと立ち去ることにしました。