進級式。
私たちは2年次に上がって、今度は新入生を迎える立場になりました。
今期生からはシュトラール候補生は選ばれなかったので、前期と同じ5人のまま。
私たちシュトラール補佐委員も、みんな無事に選抜試験を合格して、
引き続き4人でお手伝いしています。

「どうかしたの?」

「! ううん、なんでもない」

よそ見をしていて、いつのまにか仕事の手が止まっていた私は慌てて微笑んだ。
いけない、いけない。 手元にあるシュトラールの定例会議の資料に視線を戻す。
補佐委員をしっかりつとめようって、心に決めたばかりなのに。
ちゃんとしなきゃ!
でもしばらくして、再びちらりと向けた視線の先にはナオジ様が映っていた。
・・・。
最近ナオジ様の様子が少しおかしいみたい。
よく物思いにふけっていたり、人の輪のなかにいても黙りがちで。
何かお悩みがあるように見受けられるけど、お聞きするのもさしでがましいし。
なので、せめてそれ以外の事で思いわずらわせることのないよう、
私にできること、シュトラールの補佐としての仕事をきっちりこなしていかなくちゃ。

そして、定例会議の前日。
そうだ! 早めにシュトラール室に行って、明日の会議の準備をしておこう。
そう思いついて、さっそくシュトラール室に向かったんだけど・・・。
あれ、人の声? 足がぴたりと止まった。
今日は誰もいないと思ったのに。 誰かしら。
ちょっと覗いてみよう。 ・・・・・・。

そっと室内をうかがうと、窓ぎわに佇んでいるナオジ様の後姿が見えた。
やっぱり物思いに沈んでいるように見える・・・。


「ナオジ、ここに居たのか」

「あっ、ルーイ・・・」

え? ルーイ様もいらっしゃるの?
死角になっていたところから突然ルーイ様が現れて、私はあやうく物音を立てそうになった。

「何を考えているのだ、外など見つめて・・・」

ルーイ様はゆっくりと手を差し伸べると、ナオジ様の頬に手を添え、
自分の方へと上向かせた。冷たくも気高い瞳がナオジ様をとらえる。
唇の端に満足そうな薄い笑みを浮かべて、ルーイ様は言った。

「ふっ。 相変わらず美しいな、・・・お前は。
 東洋人がこれほど美しいとは思わなかった。
 この前の話、少しは考えてくれたか?」

「・・・」  ナオジ様は視線をわずかにそらせた。

ごくん。な、なんなの、この展開は・・・。
思わず息をのんで見入ってしまいました。
見ているこちらのほうがどきどきしてしまって、もう目が離せません。

「悪いようにはせぬ。私に付いて来い」

「・・・」

「お前はキレる奴だ、そして選ばれた人間なのだ。私に付いて来い」

「・・・ルーイ・・・自分は・・・」

ルーイ様の手を逃れたナオジ様からためらいがちな声がもれた。

「・・・まぁ良い。まだ時間はある。ゆっくりと考えるが良い」

「・・・」

「ふっ、その漆黒の瞳が答えなのか?」

「自分には、まだわかりません・・・」

なんか、なんか、大変なことを聞いてしまったわ。
そっと逃げよう。


はぁ〜 まだどきどきしてる。 安全なところまでくると一気に汗がふきだした。
時間を置いておそるおそるシュトラール室に戻ってみると、今度は誰もいなかった。
それで明日の準備をして帰ってきたんだけど、途中、裏庭のそばを通りがかったら
日本式の弓を持ったナオジ様とオルフェ様が立ち話をしていて、
いつもと違う雰囲気に、とっさに息を殺して建物の陰に隠れてしまいました。
・・・今日は盗み聞きばかりだわ。ごめんなさい、ナオジ様。
じっと耳をすますと、ふたりの会話が聞こえてくる。



「ナオジ・・・。君の矢に迷いを感じる。
 ルーイの話に惑わされているのではないか?」

「いえ、自分は・・・。
 ・・・そんな事はありません」

「そうか?」

オルフェ様はナオジ様の顔をじっと見つめた。
私のところからだと、おふたりの先にちょうど的が見える。
的には矢が刺さっていたけど、それは中心を外していて、ナオジ様の弓の腕を知っているだけに
私はオルフェ様の言葉に説得力を感じた。
オルフェ様のまっすぐな視線に耐え切れないように、視線をふせたナオジ様は口早に言った。

「し、失礼します。オルフェ殿」

「待ちたまえ、ナオジ」

つと立ち去ろうとした肩にオルフェ様の手がかかる。

「・・・放してください」

足を止めたナオジ様の声はいつもとはまるで違っていた。

「何を恐れているのだ?
 今の君は、まるで暗き穴ぐらで怯えている兎のようだ」

「・・・。 あなたのように・・・」

ナオジ様はぎゅっと強く弓を握りしめた。

「あなたのように自分にも強い光があれば・・・。
 そうであれば、自分だって・・・」

「己を恥じてはいけない、ナオジ・・・。
 君は十分輝いている・・・」

「オルフェ・・・殿・・・」

「君は、もっと己に自信を持つべきだ」

・・・。


「どうしたの、エリカ、こんなところで」

「!! えっ、あっ、カミユ様」

カミユ様は派手に驚いた私を不思議そうに見ていたけど、肩越しに見える
オルフェ様とナオジ様に気付いて納得したようだった。

「ふたりの話、ルーイのことが原因だね。
 彼・・・小さい頃、よく僕と遊んでくれた」

「ルーイ様が?」

カミユ様は小さくうなずいた。

「エリカ、ルーイを悪く思わないでね。
 彼、すごく繊細なんだ。 それにナオジのこと、とても気に入っているみたい。
 あんなルーイ、初めて見たよ」

「そうなのですか・・・?」

「ルーイは何かしようとしているみたいだけど、
 それが良いことか悪いことか、ボクには判らない。
 だからその判断はナオジに任せるけど、
 ナオジが考え出した答えならば、ルーイは悪いようにはしないと思うよ」

「・・・。 カミユ様」

「なに?」  ルビーを思わせるきれいな瞳が私をのぞきこんだ。

「・・・。
 ナオジ様はその気になれば、なんでも出来る方なのに。
 オルフェ様に負けないほどの光を持っている方なのに。
 どうしてあんなふうに・・・」

声を詰まらせた私を映す真紅の瞳にやわらかな光が広がっていった。
見るものを癒すほどの優しい表情でカミユ様は言った。

「キミはナオジを心配してるんだね。
 だいじょうぶ。キミがそばにいればナオジはきっと答えを見つけるよ」

「・・・そうでしょうか」

「うん。だからそんな顔しないで。花たちも心配してる」

目を向けたそばの花壇には白い花が揺れていた。

「・・・はい。ありがとうございます、カミユ様」

「カミユと・・・エリカ君?」

オルフェ様の声にナオジ様が驚いた顔で振り向いた。

「どうしたのだ、こんなところで」

「ううん、なんでもない。ちょっと彼女と話をしてただけ。ね、エリカ?」

「はい・・・。 すみません、私、もう帰らないと。失礼します」

素早く一礼すると、逃げるようにその場をあとにした。
私を見たナオジ様の目に罪悪感を感じてしまって、いたたまれない気持ちで一杯だった。


・・・今日はいろいろあったなぁ。
夜、ベッドに倒れこんだ私は大きく息をついた。
こういうときは、早く寝るに限るわね。
早めにベッドにもぐりこんだ私は、いろいろと考えながらいつしか眠りに落ちたのでした。