今年も終わりに近づいて、みんなの話題に学園主催のクリスマスパーティや 冬休みの過ごし方がのぼってくる今日この頃・・・ 「エリカ殿、お話しがあるのですが」 「はい。何でしょうか?」 廊下で呼び止められた私は首をかしげぎみにナオジ様の顔を見上げた。 ? なんだかいつもと雰囲気が少し違うみたい。 一瞬ためらう素振りのあと、ナオジ様は私の目を見て、 小さいけれど、はっきりとした声で言った。 「今度のクリスマスパーティー、自分にエスコートさせてください」 え? きょとんと目を見開いてしまったけど、 言葉の意味を理解した瞬間、返事が口から飛び出した。 「是非ご一緒させてください」 満面の笑顔が広がる。ナオジ様はほっとしたように微笑んだ。 「ありがとう。当日、迎えに行きます」 ・・・。 きゃー どうしよう! お約束しちゃった。 ナオジ様を見送ったあと、その場で飛びはねちゃった。 じわじわとうれしさがこみ上げてくる。 クリスマスがとっても楽しみだわ。 |
そしてクリスマスパーティの夜・・・ 寮から出ると、すでにナオジ様が待っていてくださいました。 「すみません。お待ちになりました?」 「いえ、自分も今着いたところです。!」 ナオジ様は、はっとしたように私を見つめた。 え? どこかおかしいところがあるのかしら。 そんな不安がよぎったのも束の間、すぐにナオジ様はいつもの様子に戻って言った。 「車を待たせています。行きましょうか、パーティの会場へ」 入り口には去年と同じ若い門番の人がいたんだけど、その人も私を見るなり 固まったみたいに動きを止めてしまって、 垂直に立てていた槍が傾いているのに気付かないほど、まばたきもせずに見ている。 どうして? どこが変なの? うち消した不安が再びわきあがってきた。 私の視線に気が付いたのか、門番は急に姿勢を正し、槍を持ち直した。 「あ・・・! ど、どうぞお通りください! い、いえ、何でもございません・・・」 慌てふためく様子に不安が確信に変わる。 どこかおかしいところがあるんだわ。 いろいろ考えてみたけど分からなくて、 思い余って、横にいるナオジ様におそるおそる尋ねてみた。 「あ、あの・・・私どこか変でしょうか?」 「いいえ? どうしてですか?」 不思議そうな眼差しが返ってくる。 「それならいいんですけど・・・なんだか皆に見られているような気がして」 「ああ、それは」 黒い瞳がふっとゆるんだ。 つと身をかがめると、ナオジ様は私にだけ聞こえるよう、耳元で素早くささやいた。 「あなたが素敵だからですよ」 !? さらに思いがけない答えに硬直している私に、にっこりと微笑んで言った。 「そのドレス、とてもお似合いです」 「あ、ありがとうございます・・・」 間近で見た極上の笑顔と言葉に、私が真っ赤になって うつむいてしまったのはいうまでもありません。 去年と同じく校長の長いスピーチのあと、クリスマスパーティは始まりました。 ホールは華やかに着飾った人たちでいっぱい。 テーブルには豪華な器に盛られた料理や飲み物がずらりと並んでいます。 「いろいろな料理がありますね。 聖なる夜も七面鳥には、ちょっと災難のようですね。 ん? 失礼、エドがまた何かやったようです。行って来ます」 そう言うと、ナオジ様は人ごみのなかにまぎれていってしまいました。 ・・・ふぅ、会場の熱気に少し当てられちゃったみたい。 今のうちに、しばらく外で休んでいよう。 人のざわめきと熱気から逃れてテラスに出ると、ほっと息をついた。 わずかに吹く冬の風は冷たいけど、火照った頬には気持ちいい。 あ、私のリボンが! 耳元で風がなり、闇のなか、突風に運ばれたリボンは庭に広がる黒い木々のなかへと消えていった。 大変、急いで取りにいかなきゃ。 踵を返すと、足早にパーティ会場をすり抜けて庭に出る。 確かこっちのほうに・・・ 記憶を頼りに木々の間に伸びた小道を奥へ進んで行った。 あ、あったわ。泉に近い木の枝にかろうじてひっかかっている。 振り返ると、予想以上に奥深くまで入り込んでしまったみたいで パーティ会場を直接見ることはできなかった。 目の前の泉のほとりには白い柱の小さなドーム状の建物が建っていて、 散策の合間に足を休めて景色を楽しめるようになっている。 月の光が泉に降り注いできれい・・・って、見とれてる場合じゃなかったわ。 早く取って戻らないと。 手をいっぱいに伸ばすと、あと少しで届きそう。 うーん、もうちょっと・・・ ! きゃっ! !? 急にバランスを崩して転びそうになった私の体を、背後から誰かの手が 力強く抱き寄せた。ほっと息をついた私のすぐ後ろでため息がこぼれる。 「・・・あなたからは一時も目が離せませんね」 この声は・・・ 「ナオジ様!」 慌てて身を起こした。 枝にひっかかったリボンを取ったナオジ様はじっと私を見つめた。 「以前、自分はあなたに軽率な行動は取らないようにお願いしたはずです。 あなたに何かあれば心を痛める者がいると。 残念ながら分かっていただけなかったようですね」 「すみません」 うう、かなり怒ってらっしゃるわ。 返す言葉もなくて、手渡されたリボンを握りこみ、うなだれたそのとき、 「おお、ナオジ。見つかったか」 陽気な声がして、木々の向こうからエド様が姿をあらわした。 「よう! お姫様。こんなところで何やってんだ? 捜したんだぜ。 んん〜、今日はめちゃくちゃキレイだな〜 ・・・っと、“今日も” だぜ! わははは」 「すみません。ご心配をおかけしました」 頭を下げた私を、エド様は軽く手で制して言った。 「いや、オレよかナオジがな、 へへ、お前がいなくなったときのナオジときたら、見ものだったぜ。あれは」 「エド!」 鋭い声が言葉をさえぎった。 温厚なナオジ様がめずらしくむっとした顔をしている。 「もとはといえば、あなたが騒ぎを起こすからじゃないですか」 とがめるような口調に、エド様は肩をすくめてみせた。 「しゃーねーじゃん。カミユが目ぇまわしてたんだからよ。 さてと、無事に見つかったことだし、オレは先に戻るわ。んじゃな!」 「お姫様」 帰りぎわ、エド様は私の耳に口を寄せて小声で言った。 「あんまり王子様を心配させるなよ」 手を振りながら去っていく後ろ姿をふうっと息をついて見送ったナオジ様は、 振り向くと泉のほうへ視線を向けた。 「静かで美しいところですね、ここは。 少し立ち寄っていきませんか」 泉のほとりに歩いていったナオジ様は静かに浮かぶ月をふり仰いだ。 「美しい月ですね」 ! 空を見上げて月光を浴びるナオジ様は息をのむほどきれいで、 きっと普段だったら見とれていたけど、そのとき私は別の意味で目を奪われていた。 以前もこんなふうに誰かを見て・・・いた? 月が照らす水辺で誰かを。 これが既視感ってもの? 心を落ち着かせようと視線を映した泉には月の光が満ちていた。 しんしんと降る清らかな光。眺めているうちに私は何の気なしに呟いていた。 「この光・・・ナオジ様みたい」 「え?」 「あ、いいえ! なんでもありません」 慌てて手を振ってごまかそうとしたけど、黒い瞳はなおも理由を 問い掛けてきたので、おずおずと口を開いた。 「あの・・・、この光がナオジ様に似ていると思ったんです。 暗闇のなかでも静かに輝いて見守ってくださるから」 ・・・。ナオジ様は目を伏せた。 そして、しばらくの沈黙のあと、言った。 「それは買いかぶりすぎですよ。 光というのは、オルフェ殿のような方を言うのです」 「違います!」 思わず叫んだ声にナオジ様は驚いたようだった。 でもいったん堰を切ったようにあふれだした言葉は止まらない。 「確かにオルフェ様は太陽のように誰よりも強く光り輝くお方です。 でもナオジ様は、オルフェ様とは違う、月のような光を持っていらっしゃいます。 暗闇のなかでも穏やかな光を放って、決して消えることのない輝きを。 私は、まぶしい太陽の光より、静かに照らしてくれる月の光のほうが好きです。 優しく包みこんでくれるようで、うまくいえないけど、ほっとします」 そこまで言い切ってしまったあとで、私は、はっと自分の口に手をやった。 やだ。私ったら、いきなりなにを言ってるの? 「す、すみません。余計なことを・・・」 「・・・。また心配をかけるといけません。そろそろ戻りましょうか」 「はい」 パーティがお開きになったあと、帰りは約束してなかったんだけど、 ナオジ様が声をかけてくれました。 「お待ち下さい。夜もふけましたし、寮まで自分に送らせてください」 そして寮の前で別れる間際、ふと思いついたように言った。 「もし自分が月だとしたら、自分にとっての太陽はあなたですね」 「え?」 私の顔を見て、くすりと微笑った。 「いえ、お気になさらず。 今日はありがとう。では失礼します」 「はい、ありがとうございました。おやすみなさい」 「あ!」 クリスマスの最後の最後、ベッドの中で私はふいに声をあげた。 既視感かと思っていた泉のほとりのこと。あれ、前に見たいつもの夢だったわ。 原因が分かって、すっきりしたような残念なような・・・ うーん。 そんな感じで眠りに落ち、クリスマスの夜は終わりました。 今年も残りわずかです。 |