とうとう今年も今日で終わり。
去年同様、ジルベスタは補佐委員の友達3人と街に出て、みんなで新年を迎えるの。

わー、街はお祭りムードで一杯ね!

きゃ〜!
街はもう大騒ぎ!
噴水から流れる、今年出来たワインを飲みながら花火を見るのが風習。
しかし、クーヘン王国でも、お酒は20歳を過ぎてから!
私達はグレープジュースで、カンパーイ☆

「今年も恋のおまじない、やりましょうよ」

ミンナが弾んだ声で切り出すと、マリーンはもちろん、オーガスタもうなずいた。

「うん! やるぅ〜 今年も頑張っちゃうもん」

「そうね、迷信にだまされてみるのも面白いものよね」

「さ、やりましょう!」

「あっ! 始まったよぉ〜! さっそくお願いしよぉ〜」

マリーンが指さした時計台を私たちはいっせいに見上げた。
年末のカウントダウンが響く。 今年もあと5秒。 4、 3、 2、 1・・・

Frohes neues Jahr!」

秒針が12時に重なると同時に花火が夜空ではじけ、
あちこちで新年を祝いあう声がこだまする
そんな周囲のざわめきを耳にしながら、私は目を閉じてあの方の名を祈った。

“ナオジ様との恋が叶いますように!”

「ねえ、誰との恋のお願いをしたの?」

目を開けるのを待っていたとばかりに、ミンナが興味津々の眼差しで覗きこんだ。

「え〜っと、ナイショ」

「なんで〜? ずるい〜 隠し事ぉ?」

ぐりぐりとにじりよるマリーンを横目に、オーガスタは私に向けて薄く微笑んだ。

「内なる想いって素敵よ」

そして、ふいに真顔で言った。

「私は誰のも聞く気がないわ」

それはつまり、私には聞かないでちょうだいと・・・。 
こんな事を話しつつ、まだまだ、終わらない夜を過ごすのでした。


        *  *  *  *  *  *  *  * 


そして1月1日、まだ日のあけやらぬ頃、街から帰ってきた私は、
その足でひとり校舎の屋上へ向かった。
みんなには初日の出を見たいからっていったけど、本当の目的は別にあって・・・。

キィ

・・・残念。そううまく行くはずないか。
苦笑をもらすと、手すりに身を預け、ぼんやりと空を眺めた。
地平線がかすかに白く染まっている。夜明けまでもう少しね。
せっかくだから本当に初日の出を拝んでいこう。
そんなことを思っていたとき、ふいに後ろから声が聞こえた。

「エリカ殿?」

!  声を聞いた瞬間、自分でも表情が華いだのが分かった。
振り返ると、笛を手にしたナオジ様が少し目を見開いて立っていた。

「明けましておめでとうございます」

深々とお辞儀した私にナオジ様も礼を返した。

「おめでとうございます。くす、去年もお会いしましたね」

「はい」  本当はナオジ様が来るのを期待していたんだけど、もちろんそれはナイショ。

「今年も笛をお持ちなんですね。よろしければ聴かせていただけますか?」

「もちろん構いませんが・・・」  ナオジ様はにっこりと笑って言葉を付け足した。

「今年は寝ないでくださいね」

「も、もちろんです! 昨年は大変失礼いたしました」

ナオジ様はすっと姿勢を正すと、横に構えた笛を口元にあてがった。
初春を迎える空に澄んだ音色が広がっていく。
なんてきれいな音なんだろう。
笛の音が静かにひいていくと、私はうっとりと目を開けた。

「どうもありがとうございます。
 心が洗われるような、とても素敵な音色でした」

「ありがとう。あなたは何か奏でたりしないのですか」

「お恥ずかしいけど苦手です。
 これほど美しい音色を生み出す楽器が植物からできるなんて
 きっと日本は自然の恵みが豊かな国なのでしょうね」

「ええ」  ナオジ様は目を細めた。

「古くからの文化と自然が共存する美しい国です。
 ですが、このクーヘン王国もたいへん美しい国です。
 ・・・日本に思いを馳せながら、近ごろはこの国にも愛着を感じるのは、
 祖先の血かもしれませんね」

「え?」

黒い瞳が穏やかに私をとらえた。

「自分の祖先も昔、このクーヘン王国に留学したそうです。
 そして在学中に出会った公爵家の令嬢と恋に落ち、周囲の反対を押し切って結婚した、
 そう聞いています。その縁があって、自分もこの国に留学しているのですよ」

え、ええ〜っ!! それは初耳だわ。
もしかしたらナオジ様は公爵家の御曹司だったかもしれないのね。
驚きー!

そんな私の様子を見たナオジ様はくすっと微笑った。

「素直な方ですね、あなたは。
 エドが百面相と例えてましたが、本当に表情豊かな方だ」

「そんな、ナオジ様までおからかいになるんですか?」

「いえ、とんでもありません」

笑みを含んだ声に、私はわざと膨れっ面をして言った。

「そのわりにはお顔が笑ってますけど」

・・・。 ぷっ あはははは。
しばらく顔を見合わせたあと、私たちは同時に笑いだした。
なぜだか分からないけど、そのときはとてもおかしくて。

「私、ナオジ様がそんなふうに笑っているの、初めてみました」

笑い過ぎて目元ににじんだ涙を指でぬぐいながら、私は言った。

「そうですか?」

「はい。いつもは落ち着いて穏やかに微笑んでいらっしゃいますから。
 なんだかとても嬉しいです」

ナオジ様はふっと私を見つめた。

「だとしたら、今の笑顔はあなたのおかげですね。
 ああ、そろそろ日が昇るようです」

「本当だわ」

今年最初の太陽の光があたりを染めあげていく。
私たちはふたり並んで、無言で眺めていた。
ナオジ様と二人きりで見れるなんて夢のよう。
うん、今年もきっといいことあるわ!

「そろそろ行きましょうか。 ぜんぜん寝ていないのでしょう?」

太陽が昇りきったあと、ナオジ様は私に目を向けた。

「はい。今年も張り切って良い初夢を見ないと」

私を見る目に穏やかな光が満ち、優しい眼差しでナオジ様は言った。

「良い夢をみられるといいですね。
 自分に寮まで送らせてください」

「はい、ありがとうございます」

寮の前まできたとき、私はふいに考えこんでしまった。

「どうしたのですか。何か心配事でも?」

ナオジ様が足を止めて私の顔を覗き込む。

「あ、すみません。ちょっと不思議に思っていたんです。
 ナオジ様といると、いつも時間が経つのが早く感じられて。
 今日もあっという間にここにいる気がします」

・・・。 黒い瞳がじっと私を見つめた。

「それは自分も同じです。あなたといると時が矢のように過ぎてしまう。
 素敵な時間をありがとう。とても楽しめました。
 今年最初の時をあなたと過ごせてよかった」

「そ、そんな。こちらこそ。
 いつも送ってくださってありがとうございます」

もうすっかり陽ものぼった頃、私は自室のベッドにもぐりこんだ。
素敵な初夢もいいけど、今日のナオジ様の笑顔をもう一度夢のなかでみれたらいいな。
そんなことを思いながら眠りにつきました。