うーん。 最近の私はうなってばかり。
世はもうすぐバレンタイン。
女の子にとって、年に一度の大イベントの日です。

先月、ナオジ様の誕生日にプレゼントを差し上げた時は
わざわざありがとうございます、って受け取ってくださったのだけど・・・
なーんか儀礼的な感じだったのよね〜

うーん、あの人に聞いてみようかな。
迷いながらも私はその部屋に足を踏み入れた。

「あら、どうしたの? 具合が悪いの? それとも悩み事?」

薬品の匂いがただよう部屋の奥から、キィとイスのまわる音がして、
けだるげな声と色っぽい眼差しが私を出迎えた。
ここは保健室。白衣をまとった美貌の保健医フランシス先生のお部屋。
大人の魅力あふれるフランシス先生は学園内のウワサや生徒に関して
いろいろな情報を知っている存在として、私たちの間では有名です。
先生は猫のような目で私を一瞥すると、言った。

「具合が悪いというわけではなさそうね。誰の情報をご所望かしら?」

「あの・・・、シュトラールのナオジ様の好きなものってご存知ですか?」

「ふ〜ん。よーく覚えておきなさい」

真紅のマニキュアがページをめくり、やがて一点を指して、ノートごと私に向けられた。
ふむふむ、なるほど。先生はそんな私の様子をずっと見ていた。

「どう? 参考になった?
 でもあの子はプレゼントされるのがあまり好きじゃないみたいだけど」

「え? そうなんですか?」

意外な一言に、驚いて顔を上げた。
そういえば・・・、夏休みに火事から助けていただいたお礼をしようとしたとき、
うまくかわされた気がするわ。
考え込む私にフランシス先生は重ねてたずねた。

「悩み解決の糸口は見つかった? まだ何か知りたいことでもある?」

「先生はなんでこんなに詳しくご存知なんですか?」

ふと浮かんだ素朴な疑問に、妖艶な唇の端が意味ありげに微笑んだ。

「ふふっ 親の七光というものかしらね」

「???」 

先生は私の耳元に口をよせると、楽しさをひそませた声でささやいた。

「さあ、かわいい子ウサギちゃん。
 今度来るときはおもしろい話を聞かせてちょうだい。期待しているわ」

さて、情報は手に入れたけど、引き続きバレンタインのプレゼントどうしようかな。
廊下を考えながら歩いていると、神秘研究部の扉の前に差し掛かった。
そういえばマリーンが媚薬を作ってるとか言ってたっけ。
さすがに媚薬はちょっとなー 冗談好きなエド様なら喜ぶかもしれないけど。
窓から覗いてみると、マリーンが怪しげな釜のなかにいろいろと放り込んでいた。
あの黒い干からびたモノは何?
・・・。 見なかったことにしておこう。私はそっと部屋の前を通り過ぎた。

次に足が止まったのは、ミンナがいる手芸部。
ちょっと覗いてみようかな。
わぁー、これはすごいかも。 
いろいろな生地や飾り紐などがきれいに並べられていて、
そのうちのひとつに私は目を止めた。
入り口のところからパッチワークをしていたミンナに声をかける。

「ちょっとあの生地見せてもらっていい?」

「いいわよ。 ああ、あれは錦ね。東の国のものらしいわ」

! 近くに重ねられた端切れを見たとき、私の頭にある考えがひらめいた。

「ねえ、この錦の端切れ、もらってもいい?」

「それは構わないけど、どうするの?」

「うん、ちょっと。ありがと。じゃあ、またね」

好奇心を見せ始めたミンナにつかまるまえに手芸部をあとにした。
プレゼント考えついちゃった! これでいこう!

そしてバレンタイン当日。
我ながら上手に仕上がったし・・・。
さあ、渡しに行かなくちゃ。どこにいるんだろう・・・ 部室に行ってみよう。

「ナオジ様。 !! すみませんっ!」

ドアを開けた次の瞬間、私は背を向けて部室を飛び出していた。
ナオジ様の声が追ってきたけど、足を止める気はなかった。
部室にはナオジ様ともうひとり、女子生徒がいて・・・
ふたりの様子がとてもショックで、私は雨が降りそうな外に飛び出しても夢中で走った。

っ!! 何かに思いっきりぶつかってよろけた私の腕を誰かが支えた。

「誰かと思えば・・・ ! そなた、なんという顔をしてるのだ?」

「ルーイ様! も、申し訳ありません! 失礼します」

「待て」  駆け去ろうとしたけど、ルーイ様は私の腕を離さなかった。

「そなたからぶつかってきたのだ。理由を述べよ」

「そ、それは・・・」  ためらう私にルーイ様は鋭い視線を向けた。

「それとも、そなたは私の思索を邪魔した上、服を汚し、
 そのまま逃げ去るような輩なのか?」

う・・・。 観念してルーイ様へ向き直った。見ると、ルーイ様の胸のあたりに
ぽつんと濡れたシミがついていて、初めて私は自分が泣いていることに気が付いた。
やがてぽつりぽつりと話し始めたけど、口から出たのは自分でも意外なほどか弱い声だった。

「実はある方が・・・、その・・・女の子と抱き合ってるのを見て・・・
 それで思わず逃げだしてしまったんです」

「理解できぬな。なぜ逃げる必要がある?」

「それはショックで・・・、たぶん、自分が愚かなことに気付いたからです。
 あの方は誰にでもお優しいのに、私は勘違いして・・・」

ルーイ様の質問に答えていくうちに私は自分の気持ちを整理することができた。
そう。ナオジ様は何も悪くないわ。
私は自分に向けてくれるナオジ様の優しさが特別だと、勝手にうぬぼれていた。

「なるほど」  ふいにルーイ様の瞳に笑みがよぎった。

「そなたが言うのはこういうことか?」

「え?」

突然ルーイ様の腕が私の肩を包むように抱き、自分のほうへと引き寄せた。
腕の中にすっぽりと包みこまれた直後、すぐ後ろから聞きなれた声が聞こえた。

「ルーイ、エリカ殿を見かけ・・・!」

ナオジ様?! 私は慌ててルーイ様から身を離した。
待って! 違うんです! まばたきもせず見つめるナオジ様の視線が胸に痛かった。

「し、失礼します」

「待て、ナオジ」  くるりと向きを変えたナオジ様をルーイ様は呼び止めた。

「・・・なんでしょうか」

「私は用がある。エリカを送っていけ」

「いえ、自分は・・・」 ナオジ様は視線をふせた。

「おまえはこの娘を捜しに来たのではないのか?」

「・・・」

「思い込みで早急に判断を下すのは賢明とはいえぬ」

ルーイ様は私を見下ろした。

「今のそなたもナオジに言いたいことがあるのだろう?
 存外、ナオジと同じことかもしれぬな」

「ルーイ様・・・」

ルーイ様が去ったあと、ナオジ様が沈黙を破って口を開いた。

「エリカ殿。さきほどのことを説明させてくれませんか?」

「はい。そのあと私の話も聞いていただけますか?」

ナオジ様の話は自分のせいで泣かせてしまった女子生徒を無下にはできなかった
ということだった。ナオジ様はお優しい方だから・・・。

「エリカ殿?」

やっと微笑むことができた私をナオジ様は不思議そうに見つめた。
あ、そうだ。私ははっとしてポケットをさぐり、プレゼントの包みを差し出した。

「あの、ナオジ様! これ、受け取っていただけませんか?」

「自分に? 開けてみてもいいですか?」

「はい」

中から出てきた錦の袋をナオジ様は手に取った。
袋は細長い円筒形で、口の部分をしめる紐に丸玉のビーズの飾りがついている。
目を向けたナオジ様と顔を合わせるのが照れくさくて、少しうつむいて説明した。

「笛を入れるのに使っていただければと思って」

「自分に、このようなものを? 後生大事にします」

すごく喜んでもらえたみたい。頑張った甲斐があった。

あ、雨?
急に激しく降り出した雨に、私たちは近くの木の下に駆け込んだ。

「エリカ殿、そこでは濡れてしまいます。こちらへ」

「はい。 ありがとうございま・・・ !」

ふと顔を向けた私は目が離せなくなってしまった。
雨に濡れたナオジ様って、すごく色っぽいというか、美しすぎる。

「・・・」

なぜかナオジ様も私を見つめていて、その黒い瞳がふっと揺れたかと思うと、
次の瞬間、私の身体はナオジ様の腕のなかに、しっかりと抱きしめられていた。

「ナ、ナオジ様?!」

「しばらくこのままで」  ナオジ様の腕にわずかに力がこもる。

衣服にしみこんだ雨の冷たさが人の温もりに変わっていく。
心臓が破裂しそうなほどどきどきする私のすぐそばで、吐息のようなナオジ様の声が聞こえた。

「自分はさきほどルーイの腕の中にいたあなたの姿が忘れられません」

・・・。 返事の代わりに私はおずおずとナオジ様の背に手をまわした。

降りしきる雨の音が私たちを優しく包んでいました。

   * * * * * * * * * * *

そして、一ヵ月後。

「どうぞ、エリカ殿。バレンタインのお返しです」

「ありがとうございます。開けてみていいですか?」

「ええ、是非」  ナオジ様はにっこりと微笑んだ。

「ありがとうございます。宝物にします」

素敵なお返しだわ!
その日一日中、私は女友達があやしむほど、ずっとご機嫌でした。