今週末は卒業式・・・。 あと数日でこのローゼンシュトルツ学園ともお別れです。 時が経つのは本当に早いなぁ。 ・・・。 はぁ。卒業のことを考えるとため息ばかりがこぼれてきちゃう。 昔、誰かがため息をひとつつくごとに、幸せがひとつ逃げていくって言ってたけど、 出てくるものは仕方がないわよね。 はぁ。 「今お帰りですか? よろしければ寮の前まで送らせてもらえませんか?」 ナオジ様・・・。自然と微笑みが浮かんだ。 「ええ、喜んで」 「ありがとう。では参りましょう」 いつものように肩を並べて歩きながら、 私は確認するようにナオジ様の横顔をちらりとうかがった。 最近のナオジ様はふさぎぎみで少し気になっていた。 やっぱり今日も表情がすぐれないみたい。 ルーイ様のことは解決したはずなのに、何にお心を曇らせているのかしら。 私たちはゆっくりと寮への道をたどった。 数え切れないくらい通ったこの道とも、もうすぐお別れ。 そう思うと緑あふれる初夏の景色ですら寂しさがつのってきた。 ナオジ様の声がとなりから聞こえてくる。 「エリカ殿は卒業後、どうされるのですか? やはり上級巫女を目指すのですか?」 「それはまだ・・・。ナオジ様はどうされるのですか?」 「自分は・・・ 国に帰ろうと思います」 少し言葉につまったけれど、ナオジ様ははっきりとそう言った。 「・・・そうですか」 私はありったけの冷静さを搾り出して答えたけれど、 もしかしたら少し声が震えていたかもしれない。 予想していたこととはいえ、直接本人の口から聞いてしまうと まるで鉛を飲み込んだみたいに心が重く押しつぶされた。 ・・・・・・。 沈黙が重苦しく降ってきて・・・。 私たちはたがいに言葉少なだった。 それでも歩いているから、見慣れた建物が近づいてくる。 もっと一緒にいたいのに・・・。 もう寮の入り口に着いてしまった。 「寮までの時は、一瞬ですね」 静かな響きに私はナオジ様の顔を見上げた。 せまり来る夕闇のせいか、整った顔だちに深い影がさしていた。 「ナオジ様・・・、この頃お顔の色がすぐれませんね」 「・・・そう・・・ですか?」 「なにか心配事でも?」 「・・・そのような顔で自分を見ないでください」 ナオジ様はつらそうに顔を背けた。 「え?」 「今の自分には・・・」 「あ・・・ごめんなさい。私、別に・・・」 「すみません。これではまるで八つ当たりですね」 自嘲気味な笑顔が心にささる。 しばらくの沈黙のあと、ナオジ様はぽつりと口を開いた。 「・・・独り言と、受け流してくれますか? 自分が今から口にすることを・・・」 「はい・・・」 「うっそうとしているのです。 もがけばもがくほど自分は自分の道を見失ってしまう。 自分は、祖国の為にこのクーヘン王国に来ました。 はじめはそれだけでよかった。ただひたすらに知識を吸収する・・・。 それだけで自分は自分の不安な気持ちを押さえることができました。 でも・・・今は祖国と秤にかけても同じ位の・・・いえ、もしかしたらそれ以上の 未練というものがこの国に対して芽生えてしまいました。 でも、もう卒業です。自分にとっては決断の期限なのです。 エリカ殿。自分は、自分は・・・」 「・・・ナオジ様?」 何かを必死に訴えようとしていた黒い瞳は私の声にはっとゆらぎ、 急に光を失って深く沈んでしまった。 「あ・・・ 自分はまた愚かな事を・・・」 「え?」 ナオジ様はいつものように微笑もうとしたけど、うまくいかなかったみたいで、 うつむき、かすかに首を振って顔を上げた。 ! そのときのナオジ様の表情をなんと言ったらいいのだろう。 さっきまでのせっぱつまった感情や自嘲ぎみな笑顔はもうどこにもなかった。 さまざまな感情がないまぜになった眼差しは、はじめて見るナオジ様の表情で、 私はそんなナオジ様にかける言葉もなく、ただ見つめることしかできなかった。 「すみません。今日はこれで失礼させていただきます」 「あ、ナオジ様・・・」 ナオジ様がふいと背を向けてから、ようやく私は声を取り戻した。 足早に去る後ろ姿が夕闇に消えて、なおもしばらくしてから ゆるゆると向きを変え、足取りも重く、部屋に向かっていく。 部屋に入るなり、ベッドに身を投げ出し、ぼんやりと天蓋を見上げた。 『自分は・・・国に帰ろうと思います』 ナオジ様のその言葉だけが、何度も頭のなかに響く。 卒業の日はナオジ様とお別れする日・・・。 あらためて思い知らされた事実は予想以上のショックを私に与えた。 次々と生み出されるため息はけだるい夏の空気にとけこんでゆく。 ため息をつくと幸せが逃げていくっていう話が本当だったら きっと私の一生分の幸せは今日だけですべて逃げていってしまったわね。 そんな考えがふいに浮かんで、ため息混じりの苦笑がもれた。 卒業まであと数日。 |