とうとう卒業式。
  卒業かー。 2年間色々あったけど今日で終わりなのねー。

  「皆さんと過ごした二年間は、とてもファンタジックなひと時でした。
   私は皆さんを忘れたりはしない。
   それはまるで、永遠のララバイ・・・・・・」

  校長の堂々たるスピーチも今日で聞き納め。

  「びえ〜!! 卒業いや〜ん!」

  「みんなとお別れしなきゃいけないなんてイヤよ」

  「いつでも会えるわ」

  ロビーで泣きじゃくっているマリーンとミンナをオーガスタがなぐさめている。
  このおなじみの構図ももう見れなくなっちゃうのね。

  「卒業しても、みんな友達よね」

  ミンナの声に私たちはうなずいた。

  「また夏には、家に遊びに来てね」

  オーガスタのいつになく優しい調子に、マリーンがハンカチをにぎりしめて
  涙声で叫んだ。

  「みんな、みんな、一生親友でいようネ!」

  ・・・・・・。
  私たちは互いに別れを惜しんだ。オーガスタが次に口を開くまで。

  「ほら、いつまでも泣いてると、卒業パーティに目を腫らしたまま行くことになるわよ」

  「えっ! ・・・それもそうね」

  「大変! 早く帰って支度しなきゃ」

  ミンナとマリーンの立ち直りの早さに驚きつつ、私も、

  「そうね、急ごう! だって、あのお城での最初で最後のパーティだもん」

  ・・・決して人のことは言えなかったりします。

  この学園最大にして最後のイベント。
  それは卒業パーティ。
  この時だけしか入れない城で行われるパーティで男性は意中の女性にダンスを申し込む。
  女性が申し出を受けて、男性の手をとればカップル成立。
  その日に誕生したカップルは永遠に結ばれる・・・。
  それがこの学園の有名な伝説であり、女の子たちの憧れでもあった。

  さて、気合入れてドレスアップするとしますか!
  支度をすませて階下におりると、すでに用意万端に着飾った
  ミンナ、マリーン、オーガスタが待っていて、一緒に車で会場へと向かった。
  車内はいつもより静かだった。
  車の窓から見える城はまぶしいくらい光に包まれて夜の闇にそびえている。
  それが目の前にせまってきて、私たちはそれぞれの想いを胸に城を見上げた。
  大きく開け放たれた扉は優雅に私たちを中へといざなっている。










「とうとうこの時がやってきたわ。幼い頃から憧れてたの・・・。
 あの方は、私にダンスを申し込んでくれるかしら?」

いつも自信満々なミンナもさすがに不安を隠せないみたい。
両手で緊張した顔をはさんでつぶやいた。

「うーん、問題は、このマリーンお手製特製媚薬、
 ミラクルバージョンをどうやってあの御方の飲み物に混ぜるかよね〜
 うーん、なやむ〜」

マリーンはついに媚薬が完成したのか、小さなビンを握りしめていた。
いったいどなたに使う気なのかしら・・・

「まー頑張ってよ。それより時間よ、行きましょ」

「うん、そうしよー」

なんかオーガスタ、余裕オーラ出てる?
私たちは光りあふれるホールに続く扉を通り抜けた。
ダンスフロアーも豪華ー

「私、なんか飲み物もらって来るからフロアーにいて!」

「いいわよ、それまで誰かに誘われなかったら待ってるわ」

「そうね、早く戻ってきた方がいいかもね」

オーガスタとミンナがどきっとするような言葉を返すなか、
マリーンはあいかわらずひとり悩んでいた。

「どうやってこの薬を〜 ブツブツ」

こんな真剣に考えこんでるマリーンは初めて見たかも、
そんなことを思いながら私はその場を離れていった。

壁際に並べられたテーブルには様々な食べ物、飲み物が、金や銀、ガラスの器に
ぜいたくに盛られていて、どれを選ぶか迷ってしまう。

「えーっと、何飲もうかな?」

「お悩み中ですか?」

「え?! ナオジ様!」

聞きなれた声に振り返ると、胸にコサージュをさしたナオジ様がいて、
わずかに身をかがめ、私に向かって手を差し伸べた。

「あなたにお願いがあって来ました。
 自分と一曲お付き合いしてもらえませんでしょうか」

「ええ、喜んで」

驚きを浮かべた表情が意味を察して、笑顔に変わる。
ナオジ様に手を取られて、フロアーに進み出る私を羨望の眼差しがいくつも
追ってきたけど、正直言ってそのときのことは夢見心地でよく覚えていない。

「今日は、すっきりとしたお顔をされていますね」

音楽にあわせて踊りながら、私はナオジ様の顔を見上げた。

「ええ。迷いを断ち切りましたから。
 まず、あなたにお礼を言わせて下さい」

「え?」

「この2年間、不安で崩れそうになる自分を、いつもあなたの笑顔が支えていた。
 これは自分の思い込みですが、自分はあなたに救われていました」

「ナオジ様・・・」

「でも、自分は一つの決心をしてここに来たのです。
 それは、あなたをとても困らせてしまうものかもしれません」

「決心?」

「ええ、感覚は切り離せても、感情は・・・、心は切り離す事が自分にはできません。
 だから自分は、今日、あなたをさらいに来ました」

「ナ、ナオジ様!?」

思わず足が止まりそうになるのをかろうじてこらえた。
ナオジ様の顔を見上げると、視線が合って、そうしたら魅入られたみたいに
目をそらすことができなくなってしまった。
いつのまにか人々のざわめきも音楽も消え、
ナオジ様の声だけが魔法の言葉のように心に流れ込んでくる。

「夢の中の自分のように後悔したくない。あなたを手放したくない。
 もう、二度と・・・離れたくないのです」

真摯な瞳が私をとらえた。

「あなたを愛しています」

!!

「ナオジ様・・・」

「異国の地で不安はあると思います。そして日本は今、ケイオスの中にあります。
 しかし自分は、今度こそあなたを守ります。この命を賭して。
 自分に付いてきてくれませんか?」

「あ・・・あの・・・」

ナオジ様は私の表情をじっと見守っていた。
そしてしばらくのち、ふっと口元をゆるめ、微笑んだ。

「・・・・・・。
 ・・・やはり大胆すぎましたね。あなたを驚かせてしまった。
 ・・・聞いてくれてありがとう」

「え?」

穏やかな表情でナオジ様は言った。

「お別れする前に自分の本心を伝えたかった。
 いつかあなたがこの学園に想いを馳せたとき・・・。
 自分のような東洋人が居た、という事を思い出してください」

落ち着いた声は、まるでこの結果を予測していたかのように
未練がましさも悲しみもなく、むしろ為すべきことを為した清々しささえ感じられた。

「わ・・・私・・・」

「くす、なんて顔をなさっているのですか?
 ラストダンスは笑顔で終わりにしましょう」

「わ、私をさらってください!」

「え?」

見開かれた目が私を見つめた。

ナオジ様の申し出はとてもうれしかった。それは嘘じゃない。
確かに声を失うくらい驚いたけど、すぐにお受けしたかった。
でも・・・、瞬間的に両親のことが頭に浮かんだ。
実の子ではないのに何不自由なく育ててくれた今のお父様、お母様。
ナオジ様と一緒に行くということは、おふたりを裏切ることになる。
ためらいが生まれ、私は返事することができなかった。
だけど、このままではナオジ様は行ってしまう。
離れてしまったら、もう二度と会うことはできない。
そんなのはイヤ!
私は・・・、今の自分の気持ちを信じたい!

顔を上げて、まっすぐナオジ様の視線を受け止めた。

「私、辛くたってかまいません。あなたについていきます!」

「・・・エリカ殿・・・」

「私も・・・離れたくない・・・。
 前世のような思いは・・・もうイヤ・・・」

こぼれでた言葉に、ナオジ様がかすかに息を飲んだのが伝わってきた。
目が数回瞬いて、湧きあがる感情を懸命に押し留めているようで、
私の手を握りしめたままささやく声はわずかにうるんでいた。

「ありがとう・・・。 悠久の時代を超えて・・・。
 やっと・・・。やっとあなたと結ばれる・・・。
 あなたを大切にします。永遠に・・・」