謎 か け 姫 第一問
病院というには豪華な建物の、貴族の邸宅としてもおかしくない壮麗なロビーを抜け、
まだ若い院長がいそいそと奥へ向かっていた。
すれちがう看護婦や医師たちが、彼を見て軽く一礼する。
それにひらひら手を振りつつも、彼は足早に中庭に面した回廊に出た。
まぶしい緑がのぞめる回廊から奥は、病院の職員でも立ち入り禁止になっている。
足はだんだんと急ぎ足になり、最後は小走りに近い早さで、一番奥の自室の両開きの扉を勢いよく開け放った。
整然とした広い部屋には誰もいない。
白衣をなびかせ、まっすぐに部屋を横切る。
マントルピースの上に置かれた小箱を手にした彼はそれでも確認するように部屋のなかを見回した。
最初から部屋には誰もいない。慎重に小箱を開けた数秒後。
院長の絶叫が響いた。
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「それでは、アルル、まずはお辞儀からね。
あいさつは基本中の基本ですもの」
レースのカーテンが揺れる大きな窓の向こうには花々にあふれた美しい庭が広がっている。
皇帝の住まう壮麗な宮殿にほど近いこの区域は貴族たちの大邸宅が続き、都の喧騒から隔絶されている。
美しい庭園から壁一枚隔てた広い通りには時折、明らかに貴族のものであろう馬車が通っていった。
薔薇に囲まれた館の、明るい日差しが射しこむ一室では、ふたりの若い貴族の女性が向かいあっていた。
そのうちのひとり、ミシェイルがスカートを軽くつまんで、お辞儀をしてみせる。
長い金髪がさらさらとすべり落ち、洗練された一連の動きに見ていたアルルはほうっとため息をこぼした。
「きれい〜」
「さあ、やってごらんなさい」
「えーと、こう・・・かな」
アルルははにかみながらもスカートをつまみ、ミシェイルの動きを真似て、身をかがめた。
少し緊張しているせいもあるのか、かなり動きがぎこちなくて、慣れていないのがすぐ分かる。
マナーを身につけていることが上流階級の証であり、紳士、淑女の条件。
貴族であるルースの婚約者として認められるため、都に戻ったアルルはとある貴族の養女となった。
そして今、都に来ているミシェイルのもとに足しげく通っては、貴族の女性としてのたしなみを一から教わっている。
「もっと自信を持って。自分に誇りを持つことが大切なの。
常に優雅な自分をイメージすれば、おのずから言動もそうなるわ」
ミシェイルは窓際に置かれたテーブルに近づいた。
テーブルの上には色とりどりの小さなガラス玉が入った器が飾られていて、穏やかな光に満たされていた。
アルルがプレゼントしてくれたものだ。
「宝石みたいにきれいね」
ミシェイルはガラス玉のひとつを手に取り、陽光にすかしながら言った。
「でしょう!」
礼儀作法にいきづまり、難しい顔をしていたアルルの顔がぱっと明るくなる。
「あ、ちょっとした遊びをしてみない?
そのガラス玉、ちょうど百個あるんだけど、交互に3個まで好きな数をとっていくの。
それで最後にとったほうが負け」
「ええ、わかったわ」 ミシェイルは微笑んだ。
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「あれ〜」
アルルは頭をかかえた。
何度やってもミシェイルが勝ってしまう。
「どうしてだか分かる?」 ゲームを始める前と同じようにミシェイルは微笑んだ。
「うーん。絶対なにかあるのは分かるんだけど・・・」
「視点を変えてごらんなさい。
相手に最後の石を取らせるにはどうすればいいか、それを考えてみれば分かるはずよ」
「・・・ふたりして同じことを言うんだから」
「え?」
「ルース」 唇をとがらせてアルルは言った。
「彼がこの遊びを教えてくれたんだけど、そのときも今みたいに全然勝てなくて」
気持ちが素直に顔や仕草に出てしまうアルルは外見に比べて幼い、子どものような印象を与える。
一方、アルルの婚約者の名を聞いたミシェイルはわずかに眉をひそめていた。
ルースとの出会いは忘れられない。
しかしそれは決して良い意味ではなく、目の前に婚約者のアルルさえいなければ
もっと露骨に顔をしかめていたところだ。
こんなに素直で愛らしい子がよりによってあんな無礼者の婚約者だなんて。
アルルはミシェイルに目をむけていたが、幸いにも彼女がそういった思いを
抱いていることには
まるで気づいていないようだった。
「・・・ミシェイルとルースってちょっと似ているかも」
「それはないわ」
「え?」
「いえ、なんでもなくってよ」
ミシェイルはにっこり微笑んだとき、ドアがノックされ、初老の召使い頭が姿をあらわした。
「お嬢様。宝石商の方がおみえになりました」
「そう。アルル、今日はここまでにしましょう。
挨拶といっていっても堅苦しく考えることはないの。
大切なのは気持ち。あなたとお会いできてうれしいって思うことよ。
そうすれば自然と態度に出てくるわ。
微笑んでごらんなさい。たいていの相手は微笑みかえしてくれるわ。
外見の美しさ以上に笑顔は印象に残るものよ」
「はい。どうもありがとうございました」
アルルはぺこりと頭を下げた。
◇ ◆ ◇
「まあ なんて素敵な宝石」
広間のテーブルの上に広げられた上質な布の上に、色とりどりの宝石が惜しげもなく並べられている。
その中央に鎮座する、ひときわ美しい石にミシェイルは目を奪われた。
ゆらめきながら様々な色に移ろう宝石は、まるで虹そのものが結晶になったかのようで、視線が吸い寄せられる。
「なぜ私に? これほど素晴らしいものなら、他にいくらでも出す方もいるでしょうに」
宝石から目を離さないまま、ミシェイルはたずねた。
「それは貴女様がこの石にもっともふさわしいからでございます。
この石は持ち主を選ぶのです」
宝石商はじっとミシェイルを見つめた。
ミシェイルの館を出たアルルはふと振り返り、館へ目をやっていたが、やがて立ち去った。