謎 か け 姫  第二問
      

静まりかえった夜の闇を縫う人影があった。

「こんな時間にどちらへ? 院長」

「!」  ギクッと立ち止まった影がおそるおそる声のした方を振りかえった。
雲間からのぞいた月明かりのなかに腕組みをしたウェルの姿がはっきり見える。

「いや〜 ウェル先生じゃないですかー
 おどかさないでくれよー ちょっと都へね」

「何しにです」

とりつくろうかのような笑みを浮かべる院長と対照的に、
ウェルは腕組みしたまま、露骨に疑り深い目を向けていた。

「いやー 実は盗まれちゃったみたいなんだな」

「何をですか」

「えっと、ほら、アレ。アルルの・・・
 ほら、彼女のなかから取り出した、例の」

「! 処分してなかったんですか!?」

「いや、ほら、あまりにも綺麗だったから、ね」

「ね、じゃないだろうが!」

思わず声を荒げたウェルだったが、すぐに冷静さを取り戻した。

「オレが行きます。あなたはここにいてください」

「いや、ぼくも」

「院長・・・これ以上オレを怒らせないでください。いいですね」 

「はい」  有無を言わせぬ迫力は院長をうなずかせるに十分なものだった。

  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

都に来たウェルは教皇庁のすぐ近くで意外な人物を見かけた。

「よっ バッツ」

「ウェル? どうしてここに」  黒い神父の服に身を包んだ男が足を止めた。

「院長のなくしものを探しに来た。おまえは、教皇庁の仕事か」

「ああ」

バッツは建物の壁に身を寄せた。影にはいると、彼の肌の白さがいっそう際立つ。
なかば壁によりかかるようにして、バッツはふたたびウェルに目を向けた。

「院長の物をおまえがわざわざ探しにきたのか?」

「まあな。けっこう厄介なシロモノなんだ。
 それに院長にふらふら出歩かれるとかえって面倒が増える」

「なるほど」  バッツはうなずいた。

アルリシアを救ったくらいだ。優秀な医者には違いない。
だが彼の言動を思いかえすと、ごく自然にトラブルメーカーといった言葉が一緒に浮かんでくる。

「それに」  視線をめぐらせたウェルは空を仰いで、ふうっと大きく息をはいた。

「胸騒ぎがする。おまえは何か感じないか」

「・・・」  バッツも何気なく周囲へ目をやった。

活気にあふれた通り。都の様子は何も変わらない。
だが何か起こりそうな気がする。おそらくウェルも同じような、予知めいた直感を感じているのだろう。

「院長がなくしたものと関係あるのか」

「どうだろう」 ウェルは軽く肩をすくめた。

「関係あるかもしれないな。あの人がそう簡単に盗まれるとは思えない」

「今日は水曜日か」

「そうだが?」

急に話を変えたバッツを不思議そうに見たとき、時を告げる大聖堂の鐘が鳴り渡った。

「悪い。俺はこれから用事がある」 壁から身を起こしたバッツに

「分かった。あとでな」

ウェルは軽く手をあげてこたえ、彼もまた別の方向に歩きだした。
ひとりになったバッツは教皇庁に入っていった。


「ルースじゃないですか。どうしてあなたがここに?」

だいぶ部屋で待たされた後、入ってきたのは青年の騎士だった。

「おまえを呼ばせたのは俺だ。ここの人間は使えないからな」

綺麗な顔つきに似合わず、あいかわらず不遜にルースは言い放つ。

「問いに答えろ」

「?」  バッツの様子など気にもとめず、彼は言葉を続けた。

「この扉を守護するは、ふたりの聖者。聖アルビヌスと聖ルフィヌス。
 彼らが望むものを捧げよ。さすれば扉は開かれん」

「・・・お金、ですか。
 聖アルビヌスは白い人から銀を、聖ルフィヌスは赤い人から
 金に風刺されると聞いたことがあります」

「先週、ミシェイルが行方不明になった」

おもいがけない言葉にバッツは目を見開いた。

「ミシェイルが?」

「ついさっき場所が分かった。
 郊外にある屋敷だ。今晩行くからおまえも来い」

「それはかまいませんが、さっきのはなんだったんですか」

「そこの館の門に書かれていた。
 この程度の問いに答えられないものはあの館に入る資格はないそうだ」

「はあ。でも真正面からいって、素直にミシェイルを渡してくれるでしょうか」

「誰も真正面から行くとは言ってない」 ルースは怜悧な眼差しを向けた。

「勝手に調べさせてもらう」

「え、それは・・・騎士のあなたはまずいんじゃないですか」

「ウェルから盗難の被害届が出ている。その調査だ」

渡された紙には、確かにウェルの筆跡で、受理印も押されていた。
申し立てを読むと、盗まれたのは宝石らしい。

「ウェルから・・・」

院長のなくしもののことだろうか。

「興味をひかれたか?」  ルースの声にバッツは顔を上げた。

「ええ。盗まれた宝石とミシェイルに関係があるのですか」

「あるだろうな」

突然響いたノックの音に、ルースは言葉をとめた。
ふたりの視線の先で勢いよく扉が開け放たれる。

「ルース、おまえな!」

室内にいる騎士の姿を認めるなり、聞きなれた声が叫んだ。
いささか乱暴に開け放した扉の向こうには、少し前に別れたばかりのウェルがいた。
貴族らしい優雅な身なりが少し乱れており、あきらかに機嫌が悪い。
つかつかと歩み寄ろうとして、ようやくルース以外の存在に気がついたようだった。

「なんだ、おまえも一緒だったのか」

ウェルの表情から険が消える。
バッツは手にしていた盗難届を見せて尋ねた。

「これは、さっき話してた院長のなくしもののことか?
 いったい院長は何をなくしたんだ? ただの宝石ではないんだろ?」

「あー それはだな」

快活なウェルにしてはめずらしく言いよどんでいる。
答えにくそうに頬をかいては、迷っているようだった。

「はっきり言え」 しびれをきらしたルースの一言に観念したのか、大きく息をついた。

「夢魔のかけらなんだ。アルリシアの中に残っていた」

「!?」

「アルリシアに残っていた夢魔の残骸を取り出したことがあっただろ。
 それが彼女のなかで凝縮していて、宝石のような結晶になってたんだ。
 あまりにもきれいだったんで、院長は処分せずにとっておいたらしいんだな。
 で、盗まれた」

「誰に」

「さあな。
 だが危険なものっていうのは院長もわかってたから、目印をつけておいたらしい。
 おかげで場所は最初から分かっている。それでこいつに」

ウェルはバッツに分かるように、目でルースを指してみせた。

「かけらがある館のことを聞いたら、盗難届を出せといわれた。
 そのうえ事情聴取が終わったら教皇庁に来いと言い残して、
 自分だけさっさと先に行ったんだぞ!」

ウェルの訴えにバッツはルースの顔を見た。
まったく悪びれた様子もなく、ルースはバッツを見返し、言った。

「これで問題ないだろ」

 * * * * * * * * * * * * * * * * *

かぐわしい香りと光に満ちた館にほど近い森のなかに、高い高い神秘の塔がそびえ立っている。
森と館の間に広がる美しい庭園には、水鏡を取り巻く泉から流れ出たせせらぎが涼しげな音を奏でていた。

「・・・」

「何をされているのです」

「!」  ゆるく波うった髪と蒼い瞳が印象的な天使がそこに立っていた。

天空の庭が映し出された水鏡には、大きな波紋がひとつ広がっていた。
物静かな眼差しが向けられる。

「地上に興味があるようですが、あなたは神の塔の番人。
 みだりに離れるのは感心しませんね」

心の奥底まで見透かす深遠な水の瞳がゆらめいた。

「ミカエルは行方知れず。ウリエル、ラグエルに続き、ラファエルまで地上に行ったきりとは。
 いったい何が起こっているのか、あなたなら知っているのでしょうか」

「あなた様が気にやむことではありません。
 そろそろお戻りください」

「・・・・・・」

誰もいなくなった庭園に静かな光が降り注いでいた。