謎 か け 姫 第三問
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陽が姿を隠し、闇がしのびよる郊外の草原を三騎の影が駆け抜けていった。
「なんだ?」 自分に向けられた視線に気づき、ルースはいぶかしげな目を向けた。
「意外でした。あなたがそれほどミシェイルを探すことに熱心だとは」
「熱心なのは俺じゃない。アルルだ」
「アルリシアが?」
「胸騒ぎがするらしい。ひどく心配していた」
月が浮かぶ頃、ルース、ウェル、バッツの3人は郊外にある館の庭に入り込んでいた。
木々がうっそうと茂り、頭上に広がる黒い枝葉のすきまから三日月がのぞいている。
荒れた様子はないものの、庭はひっそりとしていて、人の気配も感じられなかった。
ローブをまとった女は冷たい石の広間にいた。
明かり取りとして切り抜かれた高所の窓に三日月がかかっている。
蝋燭にゆらめく炎が床に描かれた魔法陣を照らしていた。
「愚者は永遠に迷い、朽ち果てるがいい。
知者のみに道は開かれよう」
呪文にも似た言葉をつぶやく女の手のなかで夢魔の宝石がわずかな間、光を増し、そして薄れた。
夢魔の石を手に、女は歩き出した。
床に描かれた魔法陣は中央に大きなもの、その手前、入り口側に小さい魔法陣が描かれており、
大きい魔法陣の中央に据えられた台座にはミシェイルが横たえられている。
ふたりのほかには誰もいなかった。
ミシェイルのもとに歩み寄ったローブの女は、彼女の胸の上にそっと夢魔のかけらを置いた。
そして小さい魔法陣に戻ると、本を広げ、詠唱を始めた。
つむぎだされる声とともに、本から光る文字が浮かび上がり、ゆるやかに魔法陣の上空をめぐる。
呼応するかのように夢魔の宝石が光りはじめた。
バッツは不思議な感覚にとらわれていた。
何だろう、この違和感は。
空に浮かんでいた三日月がふいにゆらいだ。
「!」
なにか異質なものにとりこまれたと感じた瞬間、バッツはひとりになっていた。
目の前には神殿があり、入り口をふさいで賢者の石像が立っていた。
バッツが近づくと、重々しい声が響き、石像の目が見下ろしていた。
「汝、ここを通るもの、我と問答せよ。敗れしとき、汝、石となりて庭を飾らん」
足を止め、見上げるバッツに石像は問うた。
「それは真珠貝を開かせ、人間には天国を開かせる。神々の香りであり、命の源。
我は問う。それはいかなるものか」
しばしの沈黙ののち、バッツは答えた。
「それは人をつなぐもの、<微笑>です。
では私も尋ねましょう。
生まれるまえ、私は名前を持っていたが、生まれた瞬間に名前が変わった。
そしてもはや私がこの世にいなくなると、私は親の名で呼ばれる。
私は数日続けて自分の名を変えるが、一日しか生きない。私は誰か」
「たやすきこと。そは <今日> なり。しからば汝に問おう。
赤、青、紫、緑のものである。
誰でも簡単にそれを見ることができるが、誰もそれに触れることも、
それのあるところに達することさえもできない。
それは何か」
「それは神々と人の世界をつなぐもの、<虹>です。では私も尋ねましょう。
12の小枝を持ち、各々の枝に2つの房をつけ、一方の房は30の白い果実、
他の房は30の黒い果実より成る木。
この木は何か、告げることができますか」
「たやすきこと。その木は<一年>に外ならず。「一年」 には各々二部、
すなわち二房がなる枝、「12ケ月」 がある。
二房とはすなわち30ずつの 「夜」 を示す黒い果実と 「昼」 を示す白い果実なり。
我、汝に問う。
最も長くて、最も短く、最も速くて、最も遅く、どこまでも分割できて、どこまでも伸びており、
最も惜しまれて、最も無視され、それがなければ何もできず、それがあっても多くの人は何もせず、
あらゆる小さなものを壊し、あらゆる大きなものを気高くするもの。それはいかなるものか」
「それは流れ去るが、積み重なり、すべてをつなぐもの、<時間>です。
あなたの知恵と知識には感服します。ですが、次の問いに正しく答えることができますか。
はい か いいえ で答えてください。あなたが次に言う答えは いいえ ですか」
「・・・」 石像は崩れた。
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「・・・。 なんだこれは」
ルースは小さく息をはいた。
彼のまわりには9人の男たちがいる。
彼らの様子、そしていつのまにか変わっている身なりからして、どうやら自分が海賊の頭領であり、
まわりにいる9人の男たちは手下で、しかも彼らの序列ははっきり決まっているようだった。
やがて金貨がつまった木箱が運ばれてきた。
海賊たちの目の色が変わる。
どこからか声が聞こえた。
「ここに百枚の金貨がある。頭領であるおまえは分配方法を提案し、それに賛成するか反対するか全員が投票する。
半数以上の賛成があれば、その提案は受け入れられるが、反対が多いと、おまえは殺され、次の上位者が変わって提案する。
みな賢く、分け前を少しでも多くとりたいと思っており、他の者が死ぬことなどなんとも思わない。
さあ、おまえができるかぎり多くの金貨を得、かつ半数以上の賛成を得るよう提案せよ」
ルースは手にした金貨を親指の爪で弾いて宙に飛ばしつつ、思案していたが、やがて9人の男たちへ目を向けた。
「分配を提案する」
貪欲で狡猾な9つの視線が集中した。
「・・・なぜこうなる」
ルースはしばられ、木の椅子に座らされていた。
間の記憶はないが、どうやら金貨を盗んだ罪で逮捕されたようだ。
両隣には同じく捕らえられたと思われる者がひとりずつおり、ルースを含め、3人が椅子にしばられていた。
やがて扉が開き、シスターらしき女性が皿を2枚、手にして入ってきた。
ひとつの皿には赤い液体が、もうひとつの皿には青い液体が入っている。
付き従っていた者がルースたちに目隠しをする。
シスターは言った。
「処刑されるあなたがたに神は慈悲をたまわれました。
これから、赤、あるいは青で十字のしるしを額に塗ります。
目隠しが外されたとき、赤い十字が見えたなら、手をあげなさい。
そのときいかなる言葉も合図も発してはなりません。
自分の額に塗られた色が分かった者は手を下げなさい。
言い当てた者のみ、自由を得るでしょう」
やがて額に十字が描かれ、目隠しと手のいましめがほどかれた。
3人は互いの額を見た。
自分の額は見ることができないが、他のふたりの額には赤い十字が描かれていたので、ルースは手を上げた。
ほぼ同時に他のふたりも手を挙げ、3人ともが手をあげていた。
しばらくしてルースは手をさげた。
シスターが近寄ってくる。
「あなたの額に描かれた十字の色を答えなさい。
正解すれば自由が、間違えれば即座の死があなたを待っています」
「俺の額の十字は・・・」 シスターがゆっくりと短刀を抜き放つのを見つつ、ルースは言った。
「赤だ」
頭上に構えられた刃がためらいもなく振り下ろされた。
ブチッ!
椅子にしばりつけていた縄が切られて床に落ち、服を軽く払ったルースは悠々と外へ歩きだした。