謎 か け 姫  第四問

 

「う、わーー!!!」

ウェルが一瞬のうちに放り出されたのは、まさしく空だった。
耳もとで風がうなり、服がはためく。翼は出ず、一直線に落ちていった。
これが死というものか・・・
ふいに何の前触れもなく、ボスッと音がして落下が止まり、彼の全身はやわらかい布に包みこまれた。

「おまえさん、どこから来たね」

ふたりの男がびっくりした表情で上からのぞきこんでいる。
しばらく目を見開いたまま青空を見上げていたウェルはむくりと起き上がった。

「すみません。ここはどこですか」

「・・・船の上さ。それよりこんなところに落ちてくるなんざ、ついてないね」

「?」  不思議そうな顔をするウェルに男のひとりが岸を指差してみせた。

「あそこ、悪魔がいるのが見えるか」

指の先の岸辺には遠すぎてよく見えないが、黒い影のようなものが立っていた。

「あの悪魔はおれらを狙ってんだ。だが水のなかには入れん。
 さらにこっちが先に岸につきさえすれば、向こうは手を出せん」

「つまり悪魔が岸で待ち構えていないかぎり大丈夫なんだが、あいつはこの船の4倍速く動く。
 で、おれらはこのまんまるな湖のどまんなかで立ち往生してるってわけだ」

「そうですか・・・」

確かに4倍のスピードなら、ここから全速力で反対側の岸に向かっても追いつかれてしまう。

「ではこうしたらどうです?」

ウェルの提案により、無事に悪魔から逃げおおせた3人はともに皇都に向かうことになった。
昼時になって、彼らはパンを取り出したが、ウェルが何も持っていないのを知ると、
ひとりは5個のパン、もうひとりは4個のパンを出して、3人で分けあうことにした。

「ありがとうございます」

ウェルがポケットをさぐると、銅貨が入っていたので、お礼に銅貨を9枚渡した。
すると彼らは5枚と4枚に分けたので、ウェルは首をかしげ、つい聞いてしまった。

「なぜそんなふうに分けるんですか」

男たちはわけが分からないといった目でウェルを見たが、ウェルの考えを聞くと納得したのだった。
しばらく歩いていくと、大きな森にさしかかった。
この森を抜ければ、都はすぐらしい。
ふたまたに分かれた道にさしかかると、ふたりの男はオウムに姿を変え、それぞれ分かれ道の前に張り出した木の枝に止まった。
木の前には立て札が立っている。

『枝に止まる二羽のオウムは、一羽は真実のみ、一羽は偽りのみ答える。
 問うは一度、答えるは一羽、はい、いいえ、のみ。
 されば問え、正しき道を知る問いを』

「人がオウムになった・・・」

ウェルはしばし呆然としたが、すぐに気を取り直した。
どうやらここは誰かが作り出した空間。何があってもおかしくはない。
それにこの空間へ招いた主は、ウェルを閉じ込めておくというより、知恵比べをして楽しんでいるかのようだ。

「さて、どうしようか」

頭に手をやったウェルは二羽のオウムを見やった。
正しく問わなければ、半分の確率にかけて進んでもここから抜け出ることはできないだろう。
チャンスは一度。もし間違えたなら、永遠に戻れないかもしれない。
ウェルは考えこんだ。

やがて彼は一羽に向かって尋ね、そして道を選び、森のなかへ消えていった。



「遅いぞ」

ルースとバッツが振り返ってウェルを見ていた。
空には三日月が浮かんでいる。
ふたりの前には地面に半ば埋もれているような石造りの建物があり、
地下にくだる階段がぽっかりと口をあけていた。

「これでも努力したんだから認めてもらいたいね」

そう言葉を返しながら階段をおりていった先は、おごそかな神殿を思わせるつくりだった。

「どうやら時間稼ぎされたようですね」

様子を見て取ったバッツが言った。

「ミシェイル! !?」

駆け出したウェルの身体が見えない壁に阻まれた。
魔法陣のまんなかにミシェイルが横たわっており、その外側にローブをまとった人物が立っている。
人物の手には開いた本があり、宙に浮かぶいくつもの光文字が魔法陣のなかにゆらめいていた。

「内なるものが欠けている、もろい人形・・・器なる存在」

ローブの女は手をあげた。
浮遊する文字の淡い光を受けて、銀色の指輪がきらりと光る。
ひとつひとつの文字の光が強くなり、魔法陣の広間を淡く包み込んだ。
あの光文字は・・・ウェルは眉根をよせた。

胸の上に置かれていた夢魔の石がミシェイルのなかにすいこまれると光文字は薄れ、
本来の闇と静寂が戻ってきた。直後、ローブの女はその場に崩れ落ちた。
持っていた本は細かい粒子になり、何かに導かれるように高い窓から外へ流れ出てゆく。
人の動く気配に視線を戻すと、魔法陣の中央に横たわっていたミシェイルが身を起こすところだった。
素足で冷たい石の床の上に立った彼女は3人に向け、すうっと右腕を持ち上げた。
かたずをのんで見守る中、水平に上げられた人差し指はぴたりと背後の出口を指し示す。

「天使が近づいている。聖女を守りなさい」

「!」 ルースとウェルは、はっと踵をかえし、階段を駆けのぼっていった。

腕をおろした彼女は確かめるかのように、一歩、また一歩と足を踏み出すと、
ローブの女が倒れた場所にかがみこんだ。
そこにはローブのみが残っていて、女の姿は見当たらない。
落ちていた銀の指輪を拾い上げ、自らの指に嵌めると、彼女はふたたび立ち上がり、向きを変えた。
視線の先にはバッツがいる。バッツもまた彼女を見つめていた。
その場にただ一人動かずに残っているバッツに対して、彼女は目を奪われるほど優雅に頭を垂れた。
顔をあげ、微笑んだ彼女は、瞳に限りない親愛の情をたたえ、言った。

「我が君、お会いしたかった」

「アスタルテ・・・」

バッツは動くことができなかった。
彼の目は信じられないものを見たかのように大きく見開かれていた。


《「湖の悪魔」の謎解きをされる方へ》
円周率πを使用する場合は、3ではなく、3.14で計算してください。



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