村についたのは、夕暮れの少し前だった。
黄昏がさす通りには家路に向かう人の姿がぽつぽつと見受けられる。
村を抜ける大通りを歩いていると宿屋はすぐに見つかった。
1階が酒場で、2階が宿になっている典型的な古い造りの家。
黒々とした年代を感じさせる建物の中からは、
もうすでに陽気な声が漏れている。
ふたりは開け放しになっている戸をくぐっていった。
中に居合わせた客の何人かが人の気配に何気なく目を向けた。
ふたりが歩いていくにつれ、視線の数はふえていく。
今や、あれほどうるさかった酒場は静まり、
みな見慣れぬふたりを目で追っていた。
そんな視線を気にすることなく、ふたりは宿をとり、2階にあがっていく。
彼らの姿が消えると酒場はふたたびいつもの喧騒に包まれた。
◆ ◆ ◆
カイルが案内された部屋はせまいが、こぎれいに整頓されていた。
窓は大通りに面し、夕陽が斜めに深く差し込んでくる。
荷物をベッドの上に置くと、カイルは窓際へ歩いていった。
窓枠に手をかけ、通りを見下ろす。
人通りはだいぶ減り、店も閉まりはじめていた。
視線をあげると、歩いてきた草原とは違う方向に広がっている森が見える。
緑豊かな森は忍び寄る宵闇に身を沈めようとしていた。
何気なくさまよわせていた視線がふと、ある一点で止まった。
森の中にぽつんと一ヶ所だけ緑色に光っている部分がある。
闇という黒いビロードの上に置かれたエメラルドのように、
優しく光を発する様子は不思議と心を惹きつけた。
緑の光をみつめたまま、カイルの動きが完全に止まる。
エメラルドの魔力に魅入られたかのようにぴくりとも動かない。
どれぐらいそうしていただろう。
外は完全に闇に包まれ、さらさらとした金の髪が時折外の光を受けて輝く。
それ以外は時が止まっているかのようだった。
ノックの音がしても、カイルは振り向かない。
もう一回ノックの音が響く。
「カイル、いないの?」
しばらくして遠慮がちにノブがまわる音がして、
レイルがドアのすきまからおそるおそる顔をのぞかせた。
「!! びっくりしたー! いるなら返事してよ」
うす暗い部屋の窓際に背を向けて立っているカイルを見つけ、
驚きながらもレイルは部屋に足を踏み入れた。
「明かりぐらいつけたら? ・・・カイル?」
いつもと違う様子にいぶかしげな表情を向ける。
静かに横にまわりこみ、カイルの横顔をのぞきこむ。
微動だにしないカイルの瞳はどこか遠くを見ていた。
この人の先には何かとんでもないことが待っている。
何かが変わりはじめる。
じょじょに姿をあらわす目の前の青年の内面的な変化に、
レイルは不安を感じていた。
「カイル」
肩に手を置いた瞬間、カイルの体はおおげさなほどびくっと震えた。
「あ、ごめんなさい」
「いや。いつの間に・・・ 全然気づかなかったよ」
心底、驚いたように振り向いたカイルはレイルに気づき、微笑んだ。
それはレイルが知ってるいつものカイルの表情。
内心、ほっとしながらも普通の口調でレイルは話しかけた。
「そろそろごはん食べにいかない?」
「もうそんな時間? えっ なんでこんなに暗いの・・」
はっとしたように部屋を見回す。
今になってやっとあたりの暗さに気づいたよ
うだった。
「ねえ、あとでお願いがあるんだけど・・」
「お願い? 何?」
「うん・・後でいいわ。とりあえず、ごはんを食べにいきましょ」
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