CHAPTER 3 春を奏でる姫 |
次元袋から飛び出た剣は淡い緑光を放っていた。 一瞬、躊躇したが、柄をつかみ、一気に引き抜いた。 彼の体格とはおよそ不似合いな どっしりした質量の巨大な剣が現れる。 いつもと違って剣全体が淡い輝きを帯びていた。 「その剣を抜いてみせてください」 言われるまま、カイルはさやからゆっくりと剣を引き抜いた。 刃の根元には四角い穴があいている。 幅広の刃はいかにも重そうだったが、 カイルはまるでショートソードのように、 軽々と剣を扱っていた。 刃こぼれひとつない剣は抜き放たれたとたん、 あふれる喜びをこらえきれないように音楽を奏でだした。 高揚しながらも心安らぐ不思議な調べが 神殿内のすみずみにまで広がり渡る。 剣はいっそう輝きを強め、 手にしているカイルさえもやわらかな光に包まれていた。 遠く懐かしいものを思い出したような、 胸が切なくなるくらい熱くなるのを感じる。 「あなた・・・!」 エレノアは口を手でおおった。 今のカイルは別人のようだった。 剣の放つあたたかな光のなかで、 彼は変貌していた。 緑色の瞳は色が抜けたように穏やかな金色になり、 さらさらとなびく髪は揺れるたびに、 優しい光を放っている。 祝福にあふれた雰囲気は、到底、人のものはなかった。 今のカイルは大いなる力を秘め、 内に宿す偉大な力の一端をかいま見せているかのように思えた。 しかしそれはほんの一時。 「あれ?」 幻聴かと思うほど短く、ぷっつりと音楽が鳴り止んだ神殿内を 狐につままれた ようにカイルは見回した。 さっきの姿がうそみたいに、 いつものカイルがそこにいる。 「今のが剣の歌です。 あなたの持つ剣は、大地の精霊剣『シドゥーン』、 こちらの剣は、水の精霊剣『ルドウ』と呼ばれています。 これら精霊の武器は喜びに満ちたとき、歌を奏でるのです」 エレノアの声はかすかに震えていた。 「精霊の武器・・・ですか」 カイルは興味深く、自分の持つ剣とエレノアが持つ剣を交互に眺めた。 自分を見る彼女の眼差しが変わったことには まったく気づいていないようだっ た。 「あなたは精霊王たちのことをご存知ですか?」 「精霊王? ・・・もしかして精霊伝説に登場する人たちのことですか?」 |
「精霊伝説」・・・ それはこの世界の誰もが一度は耳にしたことのある、有名なおとぎ話だ。 遥かな昔、双子の姉妹神が力を合わせてひとつの世界を創造した。 ひとつの世界は創り主たる2人の女神によって 平等にふたつの国に分けられ、 それぞれに自らの国をつくっていった。 姉の神は精霊国とそこに住まう精霊人を。 妹の神は魔国とそこに住まう魔者を。 2つの国は双子の女神の結界によって 完全に独立した世界となり、 それぞれの存在を知ることなく平和に共存していたという。 だがある時、結界が破れ、魔界の者が精霊界へ攻め込んできた。 精霊伝説とは、その時の永い戦いをつづった物語。 最後は、6人の精霊王たちが魔者を封印し、 平和を取り戻した精霊界は 僕たちの今いる世界になった・・という話だった。 |
「精霊伝説?」 エレノアは小首をかしげた。 「その話は存じませんが、遥か昔、 この世界は各精霊族を統べる6人の精霊王たちによって 治められていました」 「え!? ちょっと待ってください! それはおとぎ話・・」 「いいえ。おとぎ話ではありません。 あなたの言う精霊伝説がどういうものかは存じませんが、 精霊王は実在していたのです。 精霊の武器とは王たちが自らの分身を戦いに用いた姿」 「! じゃ、もしかしてこの剣は、精霊王の・・?」 エレノアはうなずいた。 「全き姿ではありませんが、それは確かに大地の剣です」 「そんな・・なんでそんなすごい剣がここに。 なんで僕なんかが持ってるんだ?」 にわかには信じられない。まじまじと剣を見た。 だが、まだ冷静だった。 彼女が次に告げる言葉を聞くまでは。 「それは、あなたが現在の大地の剣 『シドゥーン』の 正当な所有者だからです」 「え!?」 力の抜けた腕から剣がすべり落ちそうになり、 あわてて両手で抱え込んだ。 「そ、そんなはずないじゃないですか!」 思わず突拍子もない声で叫んでしまったが、 エレノアの瞳は静かにカイルを映していた。 「さきほどあなたは剣を抜いてみせてくださいました。 剣が刀身を委ねるのは己が主人のみ。 私はあなたが現れてくれるのをずっと待っていました。 お願いです。この剣をあのお方に届けてください。 そして伝えてほしいのです。 封印が解けようとしています。どうか力を貸してください、と」 剣の輝きはいつのまにか消えていた。 「あなたのいう、あのお方っていうのは誰なんですか?」 「この水の剣の真の主人です。 クレリア大陸、キュリス地方にあるオルテアの森、 あのお方は今もそこにおられるはずです。 どうか、あのお方を救ってさしあげて・・・ あなたにしかできないことなのです」 彼女の姿は空気に溶けこむように、だんだん薄くなっていった。 「待って! まだ聞きたいことが・・エレノアさん!」 最後に目が合ったが、はかなくも彼女は消えてしまった。 足元でからんという音が響く。 見ると、床に鶏の卵ほどのごつごつした緑色の石が転がっていた。 「その石も持っていってください。 水の剣は噴水に眠っています。どうか・・・」 ささやくようなエレノアの声はそれっきり途絶え、 あとには噴水の流れる音だけが響いていた。 カイルはかがんで足元の石を拾い上げた。 それは想像してたよりずいぶん軽かった。 石全体は透明なのだが、内から緑色の光を放っているため、 全体が緑色に見える。 光に透かすとエレノアの哀しげな瞳を思い出してしまって胸が痛んだ。 一方的に頼まれたのに、 今では是が非でもかなえてあげたいという気持ちになっていた。 「?」 石を拾うため、かがんだ拍子に像の後ろに何かが見え、 カイルは石像の裏の方へ歩いていった。 像は台座の上にたっていたが、 裏側はその台座に区切られるかたちで 小さな空 間になっていた。 そこだけ地面がむきだしになっており、 ひっそりと石碑がたっている。 石碑には精霊語でこう刻まれていた。 |
『精霊国に春を告げる姫、エレノアに捧ぐ。 彼女の魂が永久に安らかならんことを。 主がいなくなっても、自然よ、春を忘るることなかれ。 我が友愛の証として、彼女の姿をとどめるとともに 最愛の者の半身を贈らん』 カイン・アルデハイド |
無言でその場を離れたカイルは、噴水のところへ行った。 小さな澄んだ噴水に水の剣の姿は見当たらない。 しかしカイルはどうすればい いのか分かっていた。 緑色の石を大切にしまうと、 大地の剣を取り出し、噴水にかざす。 剣が共鳴しているのが伝わってきた。 「ルドウ、おいで。おまえのご主人のところに一緒に行こう」 その声に応えるように急に噴水は高々と水を噴き上げた。 目の前で水が割れ、 その中から一振りの剣が姿を現す。 エレノアが見せてくれた水の剣。 周囲の水煙は白く輝き、 いかにも神々しいが、手を近づけてみて、その理由が分かった。 剣が強烈な冷気を放っている。 水煙が輝いて見えるのは、 飛沫が一瞬にして凍っているからだった。 少しためらったが、思い切って手を伸ばし、剣を手に取った。 ぞくっとする冷たさがカイルを襲う。 氷の手で心臓をわしづかみにされたかのような冷気が全身を走り、 とても素手で持っていられない。 急いで手頃な布で包み、 自分の剣とともに次元袋におさめた。 帰ろう。 そう思ったとたん、目の前にほのかな光の丸い空間ができる。 カイル は振り返って石像を見た 「必ず届けます」 決意をこめてつぶやいたカイルは向きを変え、光の中に入っていった。 |
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