CHAPTER 4 森の魔女 |
うっそうと茂った森の中を馬車の隊列がゴトゴトと進んでいる。 キュリス村へ向かう商人の幌馬車の列のなかにカイルたちはいた。 「村が見えたよ」 幌馬車の横を歩いていたカイルが声をかけると 雨よけの布が動き、中からレイルが顔をのぞかせる。 2人はキュリスの村へ向かう商隊の護衛をしていた。 キュリスは薬草の名産地として有名なのだが、 周囲を魔物の棲む森に囲まれているため、 ここを訪れる商人たちは皆、森の外の町アルテミナで 護衛を雇うのが常となっていた。 アルテミナでちょうどキュリスへ向かう商人の一行を見つけたカイルたちは、 護衛のアルバイトを兼ねて彼らと同行することにしたのだった。 「たしかおまえさんたちは行きだけだったよな。 ご苦労さん。約束の報酬だ」 お金を受け取ると商隊とわかれ、村をひととおり見て歩いた。 商人たちが定期的に訪れるため、 小さな村にもかかわらず立派な宿屋や酒場、店が建ち並んでいる。 「え〜 宿がいっぱい?」 「悪いねえ。今、修理中で部屋が少なくてね、 商隊の人たちでもういっぱいなんだよ」 すまなそうな宿屋のおかみさんの声に2人は顔を見合わせた。 おかみさんと話してる宿屋の1階は食事場兼酒場になってるが、 今はカウンターで買い物帰りらしい男の子がおいしいそうに プリンを食べているだけで他に客はいなかった。 「困ったなあ。他に宿屋はないんですよね」 「悪いねえ・・・」 「おばさん、うちの納屋でいいなら泊めてやってもいいけど」 やりとりをずっと聞いていたのだろう。 カラになった皿のとなりにほおづえをついた少年が カウンターからこっちを見ていた。 目が合うと、ひとなつっこい笑顔を見せる。 こんな田舎にはめずらしくあかぬけした子だった。 「レピウス、あんた、この人たちを泊めてくれるのかい?」 「ああ。別にかまわないよ。納屋でよければね」 「お客さん、よかったねー!」 おかみさんはわざとらしいくらい明るい声をあげた。 「この子の家は村からちょっと外れた森の中にあるけど、 そんなに遠くないからだいじょうぶだよ」 「そんな・・・泊めてもらうのに文句はいいません。 レピウスくん、どうもありがとう。助かります」 カイルはレピウスに向き直り、頭を下げた。 レイルもほっとした表情を浮かべている。 「レピウスでいいよ」 かたっくるしい雰囲気が苦手なのか、 少年は高く上げた右手で空気を振り払う仕草をみせた。 「あたしからも礼をいうよ。 よし、今日はおごりだ。もひとつ食べてきな」 「ラッキー!」 年の割に大人びた少年の瞳がぱっと輝いた。 「ほらよ」 新しい器を手に戻ってくるおかみさんの動きを カウンター越しに見守っている少年の眼差しは 年相応の無邪気さにあふれていた。 トンと軽快な音をたてて、レピウスの前に置かれた器の上には 白いプリンがぷるぷると所在なげに揺れている。 「いっただっきま〜す♪」 一口ほおばると、レピウスの顔がオーバーなほど幸せにほころんだ。 「あれって、牛乳プリンですよね?」 レイルがおかみさんにそっと聞いた。 「そうだよ。あの子、あれが大好物なんだよ。 しっかりしてるようでもやっぱり子供なんだねえ」 少年に向けられたおかみさんの眼差しは 実の子を見守るかのように優しかった。 「ごちそうさま、と。さて、おふたりさん行こっか」 2杯目のプリンを食べ終わったレビウスは反動をつけて、 カウンターの椅子から飛び降りた。 「気をつけて帰るんだよ。ふたりをよろしくね」 「あーい」 宿のおかみさんの言葉に レピウスは背を向けたまま、ひらひらと手を振ってこたえた。 ふたりを連れたレピウスは村を抜け、森の小径をたどっていった。 「ところで名前、なんていうんだ?」 初対面とは思えない気安い口調も、レピウスが言うときさくに聞こえる。 「僕はカイル、彼女はレイル。 レピウスくん、ほんとに助かったよ。ありがとう」 「呼び捨てでいいって。 カイルにレイルか・・・兄妹なの?」 「いや・・・」 「そうよ!」 思わず振り向いたカイルにレイルは素早く目配せした。 「そっか。兄弟がいるって楽しいんだろうな」 「レピウス・・・は、一人っ子なの?」 レイルがレピウスに目を向ける。 「ああ。化石もののババアと二人暮しさ。 親は早くに死んじゃったからね」 「そう・・・」 「ま、気にするな。不幸だと思ったことは一度もないし。 おかげで家事の腕は超一流さ。今晩ごちそうしてやるよ。 ほら、見えてきた。あれが俺んちだ」 暗闇が手をのばして包みこみはじめた森の中に ぽつんと明かりがもれていた。 置き忘れられたかのようにひっそりとたたずむ古びた家。 隣には家と同じくらいの大きさの納屋が建っていた。 全体がすすけてはいるが、年代を感じさせる頑健な造りだった。 「ただいま」 返事はなかった。居間は暗い。 「ったく。また調合に熱中してるな。あがって」 2人を中に招き入れ、レピウスは明かりをつけた。 「あ、荷物ありがと。そこのテーブルの上に置いといて」 まん中にどっかりと据えられた木のテーブルの上に カイルは持っていたレピウスの買い物袋を置いた。 壁には大きな暖炉がしつらえてあり、二人暮らしにはかなり広そうな家だった。 「適当に待っててくれ。俺はごはん作ってくるから」 「私も手伝うわ」 レピウスの後について、レイルも台所へ消えていった。 やがておいしそうなにおいが流れてきた頃、 台所からエプロンをかけたレピウスがひょこっと顔をのぞかせた。 「カイル。悪いけど、ばあさん呼んできてくれないか。 その廊下の突き当たりの部屋にいるはずだから」 「分かった」 言われた部屋の前までくると、ドアの向こうから ぐつぐつという音とともに何やらヘンな匂いが漏れてくる。 「?」 ノックしたが返事がない。 「すいません。失礼します」 もう一度ノックし、返事がないのを確認してから カイルはノブを回し、少し開けて中を覗きこんだ。 とたんに部屋に充満する匂いをもろに吸い、ごほごほと咳き込む。 部屋のなかはかなり散らかっていた。 ずらっと並んだ棚にはさまざまな本や薬草のビンがぎっしりとつまっており、 棚から棚へ何本も渡した棒からは 乾燥させた木の根や果実が紐でつるされていた。 床は開きっぱなしの本や薬草ビンが乱雑に転がっていて、 歩けるというよりも、足の置ける範囲がたかが知れている。 奥に据え付けられた小さな囲炉裏のようなものには火がくべられ、 鍋がぐつぐつと煮えたぎっていた。 そしてカイルに背に向けて、腰の曲がった老婆が鍋をかき回し、 怪しげな魔女のごとく、せっせと作業にいそしんでいた。 「・・・おばあさん、ごはんですよ」 よほど没頭してるのか、振り向きもしない。 カイルは乱雑に転がっている本や薬草ビンを踏まないように 細心の注意を払いながら、そろそろと近づいていった。 後ろから覗き込むと、白髪頭の先には本が開かれており、 そこにはぐちゃぐちゃとペンで走り書きされている。 「なんでうまくいかんのじゃー!!」 「わっ!」 いきなり老婆が立ち上がり、苛立ったふうに頭を掻きむしるので、 カイルは思わず後ろにのけぞった。 その拍子に床に散らかる本を踏み、転びそうになる。 あわてて体勢を立て直し、なんとか転ばずにすんだが、 老婆はまだカイルに気づかない。 再び本とにらみ合い、ぶつぶつと呟いていた。 「あの・・・ ヒランヤをそのまま入れてはダメです。 乾燥させて根っこだけを入れないと」 見かねて、おそるおそるカイルは口を開いた。 鍋の中は緑色のどろりとした液体がぶくぶく泡を吹き、 あおくさい匂いを放っていた。 「おお。なるほど! 道理で上手くいかないわけじゃ。 やれやれ、無駄にしちまったよ」 「うーん。レウの実があれば風邪薬に使えると思いますけど」 「そうかい。じゃ、変更じゃ。そこの棚の上から・・ ん? おぬし誰じゃ?」 老婆はやっと目を向けた。 「あ、僕、カイルといいます。 レピウスくんの好意で今晩納屋に泊めさせてもらうことになりました。 お世話になります」 カイルは丁寧におじぎしたが、老婆はあまり関心なさそうだった。 「そうかい。ではカイルとやら、 そこの棚の上にレウの実があるからとってくれんか?」 「はい」 「で、どれくらい入れればいいんじゃ?」 「その前にもっと火を強めて水分を飛ばさないと」 「よし、ちょっと下がっておれ」 老女は2、3歩下がり、手を鍋に向けた。 「! うわっ!」 カイルは反射的に後ろへ飛びすさった。 その拍子に転がっているビンを踏み、今度は派手に転ぶ。 老女の骨張った手から紅蓮の炎が噴き出し、鍋を覆いつくした。 あっという間に水分は蒸発し、もうもうと白い煙が部屋中に立ちこめる。 「おばあさん、ストップ、ストップ! もう十分です」 煙を吸い込まないよう、口をおおったままカイルは慌てて叫んだ。 「もういいのかい?」 煙の向こう側で声がしたかと思うと、 あれほど勢いづいていた炎はふっと跡形もなく消えた。 「魔法使い・・・なんですね。おばあさん」 尻もちをついたまま、カイルは煙にぼやける老婆を見上げた。 「今は隠居してるがの。炎の魔法は得意じゃったんじゃ」 得意げに胸を張る老婆を前にぼうぜんとしている耳に 廊下から荒々しい足音が飛び込んできた。 突然バンという大きな音とともに勢いよくドアが開き、 近くの棚にぶつかってさらに派手な音を立てた。 「なんだこりゃ! ババァ、何やってんだ!」 怒気のこもったレピウスの声が響く。 本の崩れる音、ビンの転がる音、 そして窓を開けるガタガタという音がし、煙が夜の外気に逃げていった。 ようやくはっきりと視界のきくようになった室内には 血管が切れそうなほど、怒り心頭のレピウスがいる。 「いい加減にしろよ! 家は一軒しかねえんだぞ。 何回破壊したら気がすむんだ」 レイルが廊下からおずおずと部屋をのぞいていた。 「ったく。カイルも呼びに行ったきり、戻ってこねえし」 「あ、ごめん」 謝りつつもつい笑ってしまったのは、 エプロン姿で片手におたまを持ったレピウスが妙にかわいかったから。 「カイルとやら、名乗るのが遅れたが、わしはバネッサじゃ。 また後で手伝っておくれ」 レピウスが口を開きかけたが、そのわきをすり抜け バネッサはすたすたと部屋をあとにした。 相手のいなくなったレピウスはカイルの肩にぽんと手を置く。 「おまえ、ばあさんに気に入られたみたいだな。がんばれよ」 「?」 レピウスに続いて部屋を出たカイルはドアを閉めようと 何気なく部屋を振り返った。 「へえ・・すごいな」 感嘆の言葉が口をつく。 そのカイルの背中にレピウスが呼びかけた。 「カイル、早くこいよ」 「ああ。今行く」 ぱたんとドアは閉じられ、部屋は闇に包まれた。 |
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