CHAPTERへ     カイルとレイル 〜精霊物語・外伝〜

CHAPTER 4 森の魔女


「おいしい! あなた、天才だわ!」

レイルが一口食べるなり、目を丸くした。

「だろ? だから言ったじゃん。家事の腕は超一流だって」

ほめられて気を悪く人間はいない。
レピウスは誇らしげに胸を張った。

「ところでカイル。さっきの調合の続きなんじゃが・・・」

ここからバネッサの薬草話がとめどなく続いた。

専門的な用語も混ざり、レピウスはうんざりした顔で黙々と食べていたが、
カイルはいやな顔ひとつせず、明快にひとつづつ答えていた。

話が一段落した時、今度はカイルがたずねた。

「あ、そうだ。オルテアの森って知りませんか?
 ここらへんにあるって話なんですけど」

「オルテアじゃと?」 

上機嫌だったバネッサの表情が一転して険しくなった。

「おぬしも宝目当てなのか?」

「宝?」

「じゃが、なぜその名を知っておる?
それは遥か昔の呼び名じゃ。
今は 『白魔の森』 と呼ばれておる」

「白魔の森・・・そこに宝があるんですか?」

「俺も聞いたことあるぞ。
どっかにいつも霧に包まれている森があって、
そこにはものすごい神代の宝が眠ってるんだって。
でもまだ誰も手にした者はいないらしい」

レピウスが口をはさんだ。

「あの森は禁忌の森じゃ。
心明るき者は再び外に押し出されるが、
邪心ある者は二度と生きて出られぬ。
行かぬほうが身のためじゃ」

「そんな・・・」 

レイルが心配げにカイルを見た。

「場所を教えてもらえませんか?」

「カイル!」

不思議なことに迷う気持ちなどまったくなかった。
自分でも意外だった。

あの神殿での出来事は心に深く染みついて離れない。
確かにエレノアの願いのせいもある。
彼女の瞳はとても哀しげに瞬いていた。

だが、なによりカイル自身が水の剣のマスターに会いたかった。

剣はまるで心を持っているかのようにときおり想いを発した。
遥かな望郷の念。主人を恋い慕う心。

どんな人なのか。
なぜその人は禁忌の森にいるのか。
謎だらけで見当もつかない。

でもこれだけははっきり分かる。
僕はそこへ行かなくてはならない。

カイルはバネッサの瞳をまっすぐ見つめた。

「僕はただ、そこにいるという人に渡したいものがあるだけなんです。
宝があるなんて話、初めて聞きました」

「ほう。訳ありのようじゃな」

バネッサは興味深く目の前の青年を眺めた。

年寄りに似合わない鋭い眼光は
カイルを通して別の何かを見ているかのようだった。
険しかった表情は消え、何かを期待するかのような感じさえ見受けられる。

ふとレイルは気づいた。
バネッサが驚くほど知的な目をしていることに。
もしかしたら・・・ 直感が稲妻のごとくひらめいた。

「おばあさん。私もお尋ねしたいんですけど、
『時の神殿』 ってご存知ではないですか?」

しわだらけの顔がぴくりとひきつった。

細い目がまじまじとレイルを見つめる。

やがてふぅっと息をはいた。
参ったというふうに首を振る。

「これはこれは・・・ 2人揃って面白いことを聞く。
そうだねえ。知らんこともないが・・・
ただで教えてやるのはもったいないのう。
そうじゃ、しばらくここで役立ってもらおうか」

「え?」

「明日からカイルは調合の手伝い。
レイルはレピウスと一緒に家事手伝いじゃ」

「いや、僕らは・・・」

「カイル。あせりからは何も生まれんぞ。
遠回りだと思っても結局は近道だということが世の中には多々あるもんじゃ」

「はあ・・・」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「なんだかよく分からないうちにうまく丸めこまれちゃったな」

納屋に無造作に置かれている雑具を適当に隅によせ、
寝るスペースを作りながらカイルは独り言のように言った。

納屋といっても、ちゃんと明かり取りの窓もあり、
湿気もなく、なかなか快適そうだった。

「そうね。でもあのおばあさん、ただ者じゃないと思うわ」

「そうかな」

「実はものすごい人かも」

「確かに・・・あそこでいきなり魔法をぶっ放されるとは思わなかった」

食事前の事件を思い出し、カイルは苦笑した。

しかし、見事な炎の扱いだった。

精霊を使わない純粋な魔法を初めて見たが、
バネッサのそれは炎の精霊使いにも劣らないくらい完璧なものだった。
紅蓮の炎は鍋を覆い尽くしても、家具や壁には焦げ目ひとつついていない。

「レイルー」

外からレピウスの呼ぶ声がした。

「ばあさんが家に泊まれだって」

寝袋を引きずったレピウスがよたよたと
入り口の引き戸のサンをまたぎ、入ってくる。

「レピウス、その寝袋は・・・」

「俺がこっちで寝るから、レイルは俺のベッドで寝な」

「でもそれじゃ」

「いいって。これでも俺はフェミニストなんだぜ」

年に似合わない言葉にレイルはぷっと吹き出した。

「なんだよ。失礼だな」

「ごめんなさい。じゃ、お言葉に甘えて、ベッドを使わせていただくわ。
ありがとう、レピウス」

「おう」

「ふたりともおやすみなさい」

「おやすみ」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「なあ、ほんとに白魔の森に行くつもりなのか?」

寝袋にもぐりこんだレピウスは上目使いにカイルを見上げた。

「ん? ああ。そのつもりだよ。必ず渡すって約束したからね。
消すよ」

カイルはふっとランプの火に息を吹きかけた。
一瞬にして闇が覆う。

「届け物ってあんなとこに人がいるのか?」

寝袋にもぐりこもうとしていたカイルは動きを止め、
声がする闇へ目を向けた。

「レピウスはその森の場所を知ってるのかい?」

「いや。見たことないな。
ウワサでは近くにあるらしいんだけど、
でもどこにもそんな場所ないんだよな」

「そうか」 

「・・・カイル」 

しばらくの沈黙のあと、レピウスがぽつりと呼びかけた。

「なんだい?」

「なんでカイルは旅してるんだ?」

声には否定的な響きが交じっていた。

「レピウスは旅人があまり好きじゃないみたいだね」

「別にそんなわけじゃないけど・・・
 俺の両親は冒険者だった。
だけどある日、俺を置いて旅に出ていって、あっけなく死んじまった。
だから俺は親の顔すら覚えてないんだ」

「・・・」

「勘違いするなよ。別にカイルたちがキライって言ってるわけじゃない。
ただ俺の両親は実の息子である俺より冒険のほうを選んだ。
そんなに冒険ってのは魅力的なのかなと思っただけさ。
悪かったな。こんなこと言って。もう寝るよ」

「・・・僕も同じだよ」

「え?」

「レピウスと同じ・・・
僕の両親も赤ん坊だった僕を知人の養子に出して旅に出た。
だけど僕は幸せだったよ。
その人たちは僕を実の子のように愛してくれたからね」

「じゃ、なんで」

「本当の親に会いたいからさ。
直接会って聞きたいんだ。なんで預けたのか。何をしてるのか。
なぜだか分からないけど、名前さえもまるっきり違っていたからね。
だから今、本当の親がつけてくれた名前を使って旅してるんだ」

「親の居場所は見当ついてるのか?」

「いや。ぜんぜん。
唯一残してくれたのが剣だけなんだ」

「そんなあてもない旅・・・」

あきれたように口ごもった。

「待ってても絶対帰ってこない気がするから。
捜すしかないだろ?
さ、もう寝よ。おやすみ」

「あ、おやすみ・・・」

それっきり話し声は止み、納屋は夜の静寂に沈んでいった。


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