CHAPTERへ     カイルとレイル 〜精霊物語・外伝〜

CHAPTER 4 森の魔女


      
小さな窓から差し込む光にカイルは目を覚ました。

「そっか。納屋か・・・ !」

次の瞬間、ここにいる理由を思い出して、はっと飛び起きた。

レピウスの寝袋はすでに空だ。
急いでカイルも母屋に向かった。

すがすがしい森の空に、煙突から出る白い煙が立ちのぼっていた。

「おはよう。もうちょっとで朝ごはんだから待っててね」

居間に入っていくと、テーブルの上に
皿を並べていたレイルが気づいて顔を上げた。

「おはよう、レイル。どれくらい前に起きた?」

「そうね・・・1時間くらい前かしら。
レピウスが入ってくるのに気づいて起きたから」

「お、ふたりとも早いね。感心、感心」

声に振り向くと、バネッサが居間の入り口に立っていた。

老婆がよくするケープを羽織っている。

「おはようございます」

ふたりは同時に挨拶した。

「おはよう。よく眠れたかい?」

「はい。おかげさまで」

そのとき、キッチンからレピウスがフルーツを盛った皿を持って入ってきた。

「レピウス、おはよう」

「あ、おはようございます! カイルさん」

「!?」 

3人は顔を見合わせた。

「おまえ、熱でもあるんじゃないかい?」

バネッサが心配そうにレピウスの額に手を伸ばした。

「んだよ! 俺は元気だよ」

むっとした顔でせまってきた手をよけると、
持ってきたフルーツ皿をテーブルの上に置いた。

「さっ、ごはん、ごはん。カイルさん、座ってください」

「・・・」 

無言のまま、3人はお互いの目で何が起こったのか聞きあっていた。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

こうして4人の共同生活が始まった。

朝ご飯のあとは、カイルはバネッサと薬草取りや調合に没頭する。
レイルはレピウスと一緒に家事をこなした。

午後、レピウスはレイルを連れて村に買い物に行った。

店では若い男がだるそうに野菜の仕分けをしていたが、
ふたりが入ってくるのを見るなり動きを止め、
大きく見開いた目だけが新しい客の動きを追っていた。

「レピウス。彼女は・・・」

「へっへー いいだろ。
当分うちにいることになったんだ。な、レイル?」

「ええ。こんにちわ」

レピウスの言葉にうなずいたレイルはにこやかに会釈した。

「こっ、こんにちわっ」

微笑みかけられた店の男はその場に棒のように立ち尽くした。
手にしていた野菜が落ちたが、それを拾う素振りもない。
ただぼうぜんと、口が半開きで突っ立ったまま、
男はレイルから視線を外そうとしなかった。

「落ちたぞ」

「・・・」 

レピウスが教えても、視線はレイルから動く気配はない。
仕方なくレピウスが野菜を拾い上げ、同じ野菜が並んでいる棚へ置いた。

「これちょうだい」 

棚に戻したものとは別の、同じ種類の野菜を手に取り差し出す。

「おい・・・おっさん!」

たまりかねた大声に、男はやっと視線を外した。

「ああ、これな。
レ、レイルさん、今日はいい天気ですね」

しかしそれもつかの間、またレイルに顔を向ける。

「そうですね」

「どれくらいこの村にいらっしゃる予定なんですか?」

「さあ・・・それは。バネッサさん次第ですから」

「おっさん、いい年してなに緊張してんだよ」

「べ、別に緊張なんか・・・」

男はレピウスの方に目を向けた。

「よし、今日はサービスだ。その代わり明日もくるんだぞ」

「・・・レイルがいると、安く買い物ができていいな」


こんな日が続くと、買い物に来る2人の姿が
人々の興味をひかないわけがない。
ふたりがバネッサの家に居候するようになったことは
平和なキュリスの村のかっこうの話題になった。

「ほら、今日も一緒にきてるよ。
まるで姉弟みたいだね」

「なんでもバネッサばあさんが、
あの娘さんの連れを気に入っておいてるんだって」

「へえ。あのバネッサさんがねえ。
あの人は人間嫌いなのかと思ってたけど」

「それがさ、見たかい? けっこうイイ男なんだよ。
最初、ここに来た時にちらっと見かけたんだけど、優しそうな人でさ。
もっと早く来てくれてたら、あたしゃ、うちのなんかと絶対結婚しなかったね」

「あのレイルって娘さんのお兄さんなんだろ?
妹があんなにキレイなんだから、お兄さんもイイ男に決まってるさ。
うちのバカ息子なんか、あの子が買い物に来るようになったら
急に店番やる、なんて言いだしてさ」

「レピウスも最近楽しそうじゃないか。
ちょっと前までは生意気で大人ぶったところがあったけど、
あんな無邪気な笑顔は初めてみたよ。やっぱり・・・」

こんな類いの会話がふたりの知らないところで熱心に交わされているのだった。

「レイル、時の神殿ってなんだ?」

いつもの買い物の帰り道、森に入ったところでレピウスは尋ねた。

「それが私にもよく分からないの。
だけど、星が告げるのよ。そこへ行きなさいって」

「星が告げる?
 星って夜空に輝くあの星?」

「そうよ。あ、疑ってるわね」

軽くレピウスをにらんでみせた。

「うん。ああ・・・いや、あまりにも突拍子もない話だから」

「確かにね」

レイルは小さなため息をついた。

「でも時々夢に見るのよ。
どこかの神殿みたいなところで
銀色の髪の綺麗な女の人が祈りを捧げてるの。
たぶんそこが時の神殿だと思うんだけど。
だけどその人、最近苦しそうになってきて、
その様子を見ているうちに私も息苦しくなって、
それでいっつも目を覚ましちゃうの」

「ふーん。ふたりの目的は全然違うんだな。
どっちも当てがないってのは同じだけど」

「・・・」

「ほんとは血がつながってないんだろ?」

「!」 

思わず足を止め、レピウスを見つめた。

「隠さなくていいよ。カイルさんから聞いたんだから。
あの人は養子なんだろ?」

「え、ええ。ところで、なんで急にカイルに丁寧な言葉使いになったの?」

動揺を悟られないよう、つとめて冷静を保ちながら話題を変えた。

「それは、まあ・・・あの人はオトナだなって思って。
でも普通にしゃべってくれって言われた。
頼むからカイルさんって呼ぶのはやめてくれって」

くすくすとレイルは笑った。
困惑してるカイルの顔が目に浮かぶ。

家に戻ると、レピウスと一緒に晩ご飯の支度にとりかかる。
できたらバネッサとカイルを呼びに行く。

ふたりは飽きもせず熱心に薬草について議論を交わしていた。
バネッサはカイルの知識の深さに感服し、
カイルはバネッサの応用力の多彩さに舌を巻いていた。

レイルとレピウスは本当の姉弟のように毎日を過ごしていた。

こんなごく普通の日常は幸せでまたたくまに過ぎていった。

「カイル、オルテアの森に行きたいかい?」

ある日の夕食の席でバネッサは唐突に尋ねた。

テーブル全体に緊張が走る。
レイルとレピウスは手を動かすのを忘れ、カイルの返事を待った。

「はい」

 やがて静かに、しかしはっきりと答えたカイルの声は
それぞれの胸にずしりと別れの影を投げかけた。

「そうかい」

 バネッサは小さく息をはいた。

「それじゃ明日の朝、案内しよう。今までご苦労だったね」

「ありがとうございます」

「カイル・・・いっちゃうの?」

レピウスの顔には明らかな落胆の色が滲み出ていた。

「ああ。ごめんな」

「なんであやまるんだよ。はじめっからそういう約束だったじゃないか。
帰ってきたら、必ずうちによってくれよな・・・」

レピウスは声をつまらせた。

「レピウス・・・」 

レイルがそっと少年の肩に手を置く。

「必ず戻ってくるんじゃぞ。
時の神殿の話はその時にするからの」

「え?」

「おばあさん、それは」

「質問は早い者勝ちじゃ」

◆     ◆     ◆

その夜、レピウスは無言だった。
さっさと寝袋にもぐりこみ、カイルに背を向けていた。

その背は小さく、痛々しいくらい孤独に見えた。

だからカイルはここに来て、初めて精霊の力を使った。

『大地の精霊よ。暖かな安らぎを彼に。
大地の吐息に温もりを』

床から金色の光が立ちのぼリ、レピウスの体を包みこんだ。

光は横たわるレピウスに吸いこまれ、
小さく震えていた体はやがて穏やかな寝息をたてはじめた。

だいぶ緊張してるのだろうか。
カイルは夜明け前に目を覚ました。

レピウスはぐっすりと眠っている。

もう眠れそうもないので、カイルはレピウスを起こさないように
気をつけながら静かに外に出ていった。

東の空が白みかけている。

森は夜明け特有の芯から冷える張りつめた空気に包まれていた。

なんとはなしに森の中を歩いてゆく。
足は自然に薬草園へ向かっていた。

水気を含んだ黒々とした土に、朝露に濡れた薬草の緑が映える。

もうすっかり見慣れた薬草園。
カイルはかがみこみ、そっと葉を指にのせた。

「楽しかったよ。ありがとう」

朝露に陽の光を受け、草木はさらさらと輝き揺れた。
まるでカイルの言葉に喜んでいるかのように。


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