CHAPTERへ     カイルとレイル 〜精霊物語・外伝〜

CHAPTER 6 高き城


      
壁にもたれかかったまま、カイルは視線を巡らせた。
部屋の中は明かりは灯ってないにもかかわらず、なぜか明るい。

ふたりが休んでいるのは、神殿風の長方形の部屋の中だった。

しんと静まりかえった空気はふたりの存在をおし包み、
軽々しく口をきくのをためらわせる。
一見した限り、どこにも出入り口のようなものは見当たらなかった。

2人は部屋の角にいたが、一方の壁一面は半円型の泉になっており、
水は壁の上部にとりつけられた巨大な動物のレリーフの口から
滝となって流れ落ちていた。

泉からあふれる水は溝を伝って、部屋の外へと流れ出ている。

それ以外は完全に閉ざされた空間だった。

「!」

カイルは声を押し殺し、ひざに顔をうずめた。

まただ。

瞬間移動のショックの痛みではなく、
頭の芯をえぐるあの痛みがカイルを襲った。

レイルに気づかれないよう、じっと耐える。
鋭い痛みはひき、その後に押し寄せる波のような痛み。

あのときからだ。

痛みの薄らぐ頭に風景が浮かぶ。

エレノアの墓の近くの草原を見下ろす丘。

あの丘に立ったときが最初だった。
でもあれは頭痛というより、頭がぼうっとした程度だった。
最初に激しい頭痛に襲われたのはエレノアの像を見た時。

それから何度か痛みは訪れるが、
だんだん間隔が短く強くなってきてるような気がする。

今や頭痛の間は身動きすらとれず、
ひたすら痛みが去るのを待つしかない状態だった。

時折、痛みの最中にぱっと脳裏にひらめくものがある。

それは風景だったり、言葉だったり。

そうこうするうちに痛みはひいていくのだが、
そうなるとひらめいたものをすっかり忘れてしまうのだった。

レイルはうつむいているカイルを無言で眺めていた。

カイルの変革の時、そして私にも変革の時が訪れる・・・

さきほど現われた神秘的な女性の言葉がレイルの脳裏を巡っていた。

変革の時は近い。
もうすぐ時は満ちる。

その時にいったい何が起きるのだろう。
私も何か変わっていくのかしら。

レイルはうつむいた。

こんな分からないことばかりなのは初めてだけど、あの人は、
あの滅紫の瞳はすべてを見通しているのだろう。

人の動く気配に顔をあげると、発作がおさまったらしいカイルが
床に転がっている剣を見つけ、拾いに行くところだった。

「なぜあなたがその剣を持っているの?」

剣に手を伸ばしたカイルの背中に
感情を押し殺したレイルの声が問いかけた。

閉じられた空間に声が驚くほどよく響く。

「その剣はただの剣じゃないわ」

振り返ると、壁際に立っているレイルが
いつになく厳しい表情でカイルを見つめていた。

「その剣は・・・」

「知ってるよ。水の剣だろう?」

ほどけかけた布ごと剣を拾う。

「預かった時教えてくれた。すごい冷気だね。
僕には直接さわることもできない」

「預かったって、まさか
エレノアっていう人から渡してくれって頼まれたものって・・・」

「そう。この剣だよ。
ここに持ち主がいるから返してほしいって頼まれたんだ」

「・・・」

レイルは何も言葉が出なかった。
そんなすごいことを知っていて引き受けたなんて。

水の剣の持ち主っていったら、その人は・・・

大きなため息がもれた。

引き受けたカイルもカイルだが、
剣を託したエレノアという人も何を考えているのだろう。

そんなレイルの胸中を見すかしたようにカイルは言った。

「エレノアさんはとても哀しそうだった。
あの人は何かが心残りで
心だけがあの場所にとどまっていたんだ。
死んでしまったあともずっと。
力になりたかった」

声には強い意志が表れていた。

いつものお人好しとは違う?

だが心の内の疑問を表に出すことなく、
厳しい表情のままレイルは聞いた。

「それが剣を届けることだっていうの?」

「たぶん。それがあの人の願いだったから。
レイルまで巻き込んじゃって悪いとは思ってるけど」

こんな時まで私のほうを心配するなんて、
やっぱり人がいいにもほどがあるわ。

レイルは内心いらだたしさを覚えていた。

「私のことはいいのよ。
私が勝手についてきたんだから。
ここまで来たんだから最後までつきあうわよ。
ここはさしずめ、水の精霊族にまつわる神殿ってとこかしら」

「たぶん。剣は奥をしめしてるよ」

「・・・。もう具合はだいじょうぶなの?」

「ああ。おかげさまで。
もう完全に復活したよ。ありがとう」

レイルはやっと厳しい表情をくずした。

「よかった。じゃ、そろそろいってみましょうか」


半円型の泉を背にして神殿内を見渡すと、
長方形の部屋は左右に台座が3つづつ据えられており、
正面、一番奥には巨大な門のようなものが見えた。

ふたりの顔はこころなしか緊張していた。
恐れと好奇心が半々に渦巻いている。

カイルたちは左右に並ぶ台座に目を向けながらも、
剣が示すまま、まっすぐ奥の門を目指した。

近づくと天井までそびえる巨大な門が目に入ったが、その向こうは壁だった。

「行き止まり?」

「どういうこと?」

門の手前まで来たふたりは互いに顔を見合わせた。

水の剣はカイルの手を通して奥を指し示している。

『汝が行き先を告げよ』

突然、どこからか重々しい声が響きわたった。

「!」

しばらく驚きのあまり口のきけなかったふたりだが、
気をとりなおし、カイルが姿なき声に大きな声で答えた。

「水の剣を持ち主に返しに来ました。
現在の剣の所有者はどこにいるかご存知ですか」

『正当なる所有者は上代も現代(うつしよ)も変わってはおらぬ。
王の古き盟友よ。
鍵を手にせし今、汝の前に扉は開かれている』

門の扉にあたる空間が青くゆらめき、
カイルの体が吸いこまれて消えた。

「カイル!?」

『次なる者。
汝が行き先を告げよ』

「私は先ほどの者の連れです。
彼と同じ場所に私も連れて行ってください」

『女神の寵愛を受けし者。
汝の前に常に扉は開かれている』

門は輝き、レイルも姿を消した。


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CHAPTER:6「高き城」