CHAPTERへ      カイルとレイル ~精霊物語・外伝~  

 CHAPTER 11 それぞれの旅立ち


      
レイルは固唾を飲んでバネッサを見守っていた。
緊張が部屋全体に広がっていく。

「結論から言おう。
時の神殿は地上にはない」

「え?」

小さな叫びがレイルの口からもれたが、
それに動揺するわけでもなく淡々とバネッサは言葉を続けた。

「じゃが、時の神殿に通ずる門がこの世界のどこかにある。
おぬしが力をつければ、いずれ星々が導いてくれるじゃろうが、
できる限り急ぐことだ。
魔の脅威はあまりにも近く、加護を失ったこの世界はあまりにも弱い。
女神が蒔いた奇跡が芽吹くには、それなりの時間がかかる。
確実に言えるのは、徐々に増えてゆく魔物の不穏な気配。
それはおぬしと無関係ではないということじゃ」

「・・・」

レイルは深刻な顔でうつむいた。

柱時計から重々しい音が響き、沈黙の間を打ち破る。

「おや、もうこんな時間かい。
わたしゃそろそろ休ませてもらうよ」

ちらりと時計の針を見やったバネッサは、ぱたんとノートを閉じた。
椅子の肘掛けに手をつき、よっこらしょと重そうに体を持ち上げる。

「おぬしたちも明日旅立つんなら、
そろそろ寝た方がいいぞ」

「はい。バネッサさん、ありがとうございました」

レイルは頭を下げた。
しかしそのあとずっとうつむいていた。

あまりにも深刻な様子に、カイルがなんて言葉をかけようか
考えあぐねていた時、ふっきるようにレイルは首をぶんぶん振った。

「さて! 明日、出発するんでしょ?
だったらもう休まないとね。おやすみ、カイル」

「・・・おやすみ」

明るい調子の声に少々気抜けしながらもカイルは応えた。

レイルが出て行ったあと、部屋の明かりを消し、納屋へ向かう。

外は森から流れ出る闇に包まれていた。

わずかな月明かりを頼りに足元に注意しながら進んでいく。

「カイルさん?」

納屋に入ると、暗闇の中からレピウスの声がした。

「ごめん。起こしちゃったかな」

「ううん。カイルさん、また旅に出るんだろ?
両親見つかるといいな」

「! ありがとう。
どうしたんだい、急に?」

少しの間を置いて、闇の中からレピウスの声が聞こえた。

「俺さ、ばあちゃんから聞いたんだ。
両親がなぜ俺を置いて旅に出て行ってしまったのか。
俺・・・ずっと両親に捨てられたんだって思ってた。
でも違ってたんだ。
だから今は親が冒険者だったってことを誇りに思ってるよ」

「そっか・・・」

「カイルさんたちはいつ旅立つの?」

「明日、発とうと思ってる」

「そう。分かった。もう寝るよ。
おやすみなさい」

「おやすみ」

次の日の朝、レピウスはすでにどこかに出かけていていなかったが、
お弁当がちゃんとテーブルの上に置かれてあった。

「まったく、あの子も素直じゃないね。
さて、行くとするか」

旅支度をととのえた2人は、バネッサと共に霧の晴れた森へ向かった。
白魔の森に寄ってから、旅立つことにしたのだ。

「あまり眠れなかったの?」

道すがらカイルは前を歩くレイルに小声で話しかけた。
少し赤い目でレイルが振り向く。

「ええ。ちょっとね。
なんか考え事してたら目が冴えてきちゃって。
でもだいじょうぶよ」

ほんの少し微笑ってみせたレイルは、また視線を前に戻した。

森の奥へ奥へ、
どんどん進んでいく3人の眼前が突然開け、巨大な湖が姿を現した。


「シェラ・・・」

湖を見たカイルの胸にうずくような痛みが走った。

陽光に輝く湖の色。
それはシェラフィータの瞳の色そのものだったから。

吸いこまれそうなほど深く澄んだ青。

目の前に横たわっている広大な湖はまさに
ふたりが霧の森を抜けてたどりついたヴィシェラートだった。
水の精霊王の居城がそびえていた美しい湖。

バネッサの魔法で霧の森の入り口に移動してきたとはいえ、
こんな近くにあったなんて。

前はずいぶん歩いたような気がしたけど、
霧のせいだったのだろうか。

湖は昔のままに鏡のような静けさをたたえていたが、
それ以外はすべて時の彼方に没していた。

岸から湖の中央へ伸びていた5つの橋は跡すらなく、
城があった中央部には
巨大な遺跡らしきものが湖底に沈んでいるのが遠く望めた。

「オルテアの森はキュリスの森の一部となった。
白魔の森は伝説に消えたのじゃ」

「・・・。 あの遺跡を探索しに冒険者たちがやってくるのかしら」

心配そうなレイルの声に、カイルは遺跡を遠く見ながら答えた。

「それはだいじょうぶだと思うよ。
もし遺跡に入れても、水の庭園までは行けない。
あそこは封印されたはずだから。
シェラフィータの転生が水の剣を持って訪れる時まで」

「そうね・・・ あ!」

ふいにレイルがしゃがみこんだ。

「見て!」

手を伸ばし、わずかに地上に顔を出した新芽に優しく触れてみせる。
それを見たカイルの顔も輝いた。

「リネスだ! 世界広しと言えども、ここにしかないかもね。
万能の薬草だからきっとキュリスの名産になるよ」

「・・・」

レイルはそっと目を閉じて祈った。

『シェラフィータ様の新しき生に神の祝福がありますように』


「さて、おぬしたちももうそろそろ行ったほうがいいじゃろ。
キュリスの外まで送ってやろう。
それぞれの道を歩むがよい」

「バネッサさん。いろいろとありがとうございました」

ふたりは深々と頭を下げた。

「またキュリスに来た時には寄っとくれ。
レピウスも喜ぶだろうよ。
どれ、用意はいいかい?」

「はい。お願いします」

バネッサが杖を掲げたとたん、ふたりはキュリスの森の入り口と
このクレリア大陸を治めるアルヴィトン王国の首都リムズを結ぶ街道上にいた。

ふたりはリムズに向けて歩き出したが、
口数は少なく、それぞれの思いにふけっていた。



やがてリムズが見え始めたころ、

「レイル」
「カイル」

ふたりは同時に声をかけた。

神妙な顔をしていたふたりだが、
あまりのタイミングのよさに思わず笑ってしまう。

「何? カイル」

「いいよ。レイルからどうぞ」

「じゃ、お言葉に甘えて。
あのね、ずっと歩きながら考えていたんだけど、
私たちそれぞれの目的を見つけたでしょ。
あなたは両親のほかにシェラフィータ様も見つけなければいけないし、
私は時の神殿への門へできるだけ早くたどり着かなきゃいけない」

カイルはうなずいた。

「レイルの言いたいことは分かるよ。
僕も同じことを考えてた。
でもひとりでだいじょうぶ?」

「もちろんよ。
これでもあなたと会う前はひとりで旅していたのよ。
もう盗賊に捕まるようなヘマはしないわ」

笑顔で胸を張るレイルを見て、
心配そうだったカイルの表情がふっとゆるんだ。

「僕はリムズに行くけど・・・レイルは?」

「私はこのまま港町セレルに向かうわ」

首都リムズへ降りる道と港町セレルへ続く街道の岐路で二人は向かい合った。

「ここでお別れだね」

「ええ。元気で・・・」

レイルはカイルを見上げた。

「カイル」

「何?」

「・・・今までどうもありがとう。
私、あなたと出会えて本当によかったわ」

驚いたようなカイルの顔に微笑みが広がった。

「こちらこそ。また会えるといいね」

この笑顔を忘れることはないだろう。
レイルは思った。

カイルに会って、初めて旅が楽しいと思えるようになった。
一人で旅していた頃は焦りや不安に押しつぶされそうで、
まわりを見る余裕なんて全然なかった。

またひとりになるけど、今度はだいじょうぶ。
あなたといた数ヶ月は私を変えてくれた。

「きっと会えるわ!」

とびきりの笑顔でレイルは言った。

「だってあなたは大地の精霊王、
私は精霊神の巫女だもの」

「そっか・・・そうだね!
じゃあ、レイル。元気で!」

ふたりともあえてさよならは言わなかった。
振り向くことなく、それぞれの道を歩む2人の後ろ姿は
自らのやるべきことを見いだした強さにあふれていた。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

その頃、どこかの部屋の中ではローブをまとった者が
壁に取り付けられた大きな鏡を眺めていた。

鏡にはそれぞれの道を歩む、カイルとレイルの姿が映し出されている。

『黄昏に生まれし四星(しせい)、闇に輝く時、世界は黎明を迎える。
だが、そこに到る道は長く険しい。
・・・とりあえず公主にご報告せねばな』

ローブ姿の者が鏡に杖をかざすと、さっきまで映っていたふたりは消え、
鏡は部屋の中を映し出した。

そこに映っているのは、春の草原を渡るカイルとレイルを
丘の上から眺めていた、あの老人だった。

やがて老人は背を向け、部屋を出て行った。


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CHAPTER:11 「それぞれの旅立ち」