CHAPTER 12 終わりの始まり |
ここはアクトレア大陸の皇都メサ。 この世界、シー・ヴィ・アンドを治める皇帝が住まう世界最大の都市は 文化、経済、学問・・・すべての中心であり、さまざまな人が行き交う大通りに 威勢のいい掛け声やざわめきが途絶えることはない。 少し視線を上げれば、街のどこからでも見守るように そびえている華麗な皇帝の宮殿が目に入る。 今日も活気あふれる都の大通りに乗用の鳥、 ルナ・バードに乗った旅人風の男が入ってきた。 砂漠の民を思わせるフード付きのマントを深くかぶり、 ぶかぶかの襟巻きをしているため、顔はよく見えない。 舗装された大通りは馬車やルナ・バードに乗った人のための通路と 歩道とに分かれているのだが、馬車道が渋滞していたので、 男はルナ・バードから降り、歩道よりを手綱を引いて歩いていった。 通りに面したさまざまな店は変化に富み、道行く人の目を引きつける。 だが、男はそんな街の賑わいにはまるで無関心で見向きもしなかった。 人だかりにはばまれて、ようやく男は足を止めた。 人込みの中心が騒がしい。 この渋滞の原因はどうやらそこのようだった。 ちらと目をむけると真ん中にルナ・バードがいるのが見えた。 それ以外は人込みにさえぎられて見えなかったが、 しかし、いずれにせよ男には興味なかった。 歩道にまで人が広がっていたので、 男はその人垣の外伝いへとくるりと向きを変えた。 「クエッ」 その時、人込みの中央にいたルナ・バードが 男の連れているルナ・バードを見て鳴いた。 急に人垣が割れ、いかにもガラの悪そうな男がやってくるのが見える。 騒ぎの中心だったところには、向かってくる男の仲間らしき男数人と 彼らに取り囲まれ、ルナ・バードにしがみつくようにしているやせた男がいた。 どう見ても友好的とは思えない男たちに囲まれて、 すっかり萎縮しているその様子を見ればだいたいの想像はつく。 おおかた、ごろつきたちが因縁をつけて、 やせた男のルナ・バードをいただこうとしているのだろう。 衛兵はまだ到着してないようだったが、来ればすぐ解決するような事件だった。 マントに身をうずめた男が連れているルナ・バードは素人目にも 明らかにそこらへんには滅多にいない 素晴らしいものだというのがすぐ分かる。 近くに来たごろつきの表情が一瞬変わり、彼らは互いに目配せを交わした。 「おい、そこの男! 見て見ぬふりかい? 冷たいねー」 嘲笑するような声が男に投げかけられた。 離れたところにいる仲間たちのにやけた視線が男にからみつく。 遠巻きにいる人々も新たな成り行きにフードをかぶった男を見守った。 しかし男は一度は足を止めたものの、 何も聞こえなかったかのように背を向けて歩きだした。 「おい、コラ! 聞こえねえのか、フード野郎! てめえにいってんだよ!」 苛立ったごろつきがつかつかと歩みより、乱暴に肩に手をかけた瞬間、 男は何気ない動きでその手を受け流した。 一瞬何が起こったのか、ごろつきだけでなく、 見ていた人も分からなかっただろう。 力のぶつけどころを失ったごろつきの体はものの見事にもんどりうって落ち、 取り巻いた人垣からは、ざわめきとしのび笑いが漏れた。 「こっ、このやろうっ!」 「おいおい。何やってんだよ」 見かねて仲間たちもぞろぞろとやってきた。 「あーあ。こんなに服を汚しちゃって。 どうしてくれるんだ、ああ?」 リーダー格の男が転んだ仲間の服をわざとらしくはたいた。 「・・・」 「ま、俺たちも大人だからな、誠意をみせてくれれば許してやるぜ。 といっても、あんた金なさそうだな。 なんならその鳥でもいいんだぜ」 「・・・」 「おい! なんとか言ったらどうだ!」 業を煮やした声に男はため息をついた。 「皇帝のおひざもとがこんな治安では・・・他国に笑われるな」 「あんだと!? ひっ!」 荒々しく胸ぐらを掴みよせ、顔をねめ上げたものの、 男と目が合った途端、ごろつきは本能的に手を離し、二、三歩あとずさった。 フードの奥からのぞく男の眼光は怯えなどみじんもなく、 氷の冷たさをたたえて相手を見据えていた。 ピーッ!! 突然かん高い笛の音が響く。 「そこー!! 何やっとるかー!」 「!」 男が目をそらした一瞬の間に、これ幸いとごろつきは素早く逃げ出した。 それを見て、他の仲間も慌てて後を追って消えていく。 「・・・」 男は何事もなかったかのように歩き去り、 衛兵が到着したころには遠巻きの人たちも思い思いに散っていた。 大通りをまっすぐ進むと人々が憩う中央広場に出る。 広場の中心にはこの都の名所でもある人魚をモチーフにした大噴水が 青い空に高々と水を吹き上げていた。 男は他の人とぶつからないよう、ゆっくりと噴水をまわりこんだ。 通りすがりに聞こえる人々の会話は、 最近この噴水の人魚が歌ったという話題で持ちきりだった。 近くでは銘菓、人魚まんじゅうを売る声が響いている。 「歌う噴水の人魚。 妙なる歌を聞いた幸運な人も、聞き逃した残念な人もいらっしゃい! 皇都メサの名物、人魚まんじゅう。 おみやげにおやつにおひとつどうぞ!」 ◇ ◇ ◇ 噴水広場を抜けた男は、ルナ・バードにまたがり、 皇帝の宮殿へと手綱をめぐらせた。 通りはやがて貴族たちの館が建ち並ぶ区域に入り、 さっきまでの喧騒とうって変わって静けさが漂う。 一般の人がこのエリアまで来ることはまずない。 広い石畳の道が整然と伸びているが、 それは歩道というよりも貴族たちが使う馬車のためであり、 このあたりは街中と比べると緑が多く、昼間でも驚くほど人気がなかった。 タッタッと軽快な足音を響かせ、ルナ・バードは石畳の道を急ぐ。 そびえる城門の前で手綱を引いた男は番兵に短く何事か告げた。 さっと両脇に分かれ、 道を開いた番兵は敬礼しながら男が通り過ぎるのを見送った。 壮麗な宮殿の敷地へ入ると、正面の豪華なエントランスではなく、 裏手のルナ・バードの繋ぎ場へまわりこんだ。 繋ぎ場の入り口でルナ・バードから軽やかに飛び降りた男は 待っていた下男に手綱を預け、今まで目深にかぶっていたフード付きマントを脱いだ。 次の瞬間、青灰色の髪が広がり、その下から男の素顔があらわになる。 はっとするくらい整った顔立ちをしていたが、 邪魔そうに髪をかき上げた手の下からのぞく瞳は冷たく、 近寄りがたい雰囲気を放っていた。 軽装でも威厳が損なわれていないのは、 この男の持つ天性の高貴さゆえだろう。 腰に帯びている長剣は一部の貴族が好む華美なものではなく、 飾り気のないいたってシンプルなものだったが、 すらりとした長身の男にはかえってよく似合っていた。 別の下男が今までのマントと交換に、鮮やかな正装のマントを差し出すと、 男はそれを素早くはおり、踵を返した。 マントがはためき、あまりの華麗さに目を奪われる。 その場を立ち去った男は迷うことなく 広大な城の中庭を横切り、広間へ足を踏み入れた。 「まあ! ルネスさま、お帰りなさいませ」 たまたま居合わせた貴婦人たちがにこやかに寄ってくる。 男は軽く会釈して応えると、早々にその場をあとにした。 「大臣、今戻った。 皇帝に取次ぎ願いたい」 「おお。これはルネス将軍。 任務ごくろうでしたな。 面会の間でお待ちくだされ」 重厚な扉の先で玉座に腰掛けた皇帝に面し、男は頭を下げた。 皇帝の脇にはローブをまとった老人が控えている。 「フィガロ・ルネス。 ただいまフィシリア大神殿より戻りました」 「ご苦労だった。にしても、おまえが帰ってくるとすぐ分かるな。 まわりの女官が騒いでならない。 おまえはすでに結婚して子供も生まれたというのに、 まったく困ったものだ」 「・・・」 「それで、大神官殿は元気にされておられたか」 「はい。ですが、やはり陛下と同じことを案じておられました」 「そうか。・・・。詳しい報告は後日聞こう。 今日は早々に帰るがよい。 おまえのことだ。 まだ我が子の顔を見ていないのだろう? 大神官殿も早く孫の顔が見たいだろうに。残念だな」 「では失礼いたします」 皇帝の前を辞したルネスは来たときと同様、足早に城を去っていった。 |
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