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外はいい天気だった。 冬の朝特有の張りつめた空気はもう解けかけていて、 冷たい北風も吹いていないこんな日は、 日差しの中を歩いているだけで幸せな気分になってくる。 歩きなれた石畳の通りを噴水広場に向かって歩いていった。 そこがウェル先生たちとの待ち合わせ場所。 文化、商業の中心地である皇都メサの大通りを 突き当たりまで進んだところにそびえる大噴水は観光名所でもあり、 たくさんの人が毎日行き交っている。 人ごみの中、ざっと見渡してみたけど、 先生たちはまだきてないようだった。 一息ついた僕は澄み切った空の青をバックに映える 見事な人魚の彫刻を見上げた。 この大噴水の人魚は著名な彫刻家が作ったらしいけど、 いつみてもすごいと思う。 高々と吹き上げられた水が きらきらと光を反射しながら降ってくる様子に目を細めていた。 「待たせたか?」 「! わっ」 ふいに肩をたたかれ、驚いて振り返った拍子に足がもつれてバランスが崩れた。 「あぶない!」 とっさに伸ばされた腕が僕を掴んでくれなかったら、 僕の体は冷たい噴水池の中へ何年かぶりにダイブしていたことだろう。 ほっと息をついて顔を上げると、懐かしい顔が僕の目に飛び込んだ。 「ウェル先生!」 「よっ 相変わらず元気そうだな」 昔のままの涼やかな目元が僕を見て笑っている。 オレンジ色に近い明るい茶色の髪も、 心地よい低音の声も全部がなつかしい。 一見、学者とは思えないほどのしなやかな長身のウェル先生だけど、 今では魔術考古学の権威として学者仲間では一目置かれている。 と、風のウワサで聞いていた。 「ありがとうございます。 バッツ先生は? 一緒じゃないんですか?」 先生はきょろきょろとあたりを見渡した。 「バッツ? まだ来てない・・・みたいだな。 あいつは結構間抜けなところあるからな。久々の皇都で迷ってなきゃいいけど。 しかし、この噴水はやっぱり見事だな」 くすっ つい僕は笑ってしまった。 「なぜ笑う? 何かおかしいこと言ったか?」 「いえ。 昔、女の子にこの噴水に突き落とされたことを思い出してしまって」 「そりゃ災難だったな」 「はい」 言葉とはうらはらにウェル先生と僕の目は笑っていた。 僕を噴水に突き落とした女の子。 なんだか変わった子だったな。 今はどうしてるんだろ。 「そういえば、バッツ先生って今何について研究してるんですか」 噴水を見上げていたウェル先生は僕の声に目を向けた。 「あいつの専攻は動物学だよ。 でも最近、精霊や妖精の類いにも手を伸ばしてるな。オレにもいろいろ聞いてくるぞ。 にしても、バッツのやつ、遅いな。 何やってるんだ? まさか本当に迷ってるわけじゃ・・・ あー でもおまえがバッツを知ってるとは思わなかったぞ」 「僕もまさか先生とバッツ先生が一緒にメサにくるなんて思わなかったですよ。 同じ研究所にいったのは知ってましたけど。ほんと・・・」 「ウェルせんせえ〜」 そのとき、若い女の子が駆けてくるのが見えて、僕は言葉を切った。 肩あたりで切り揃えた黒髪が走るたびに弾んでいる。 ウェル先生の前で止まった彼女は、 ひざに手をついて、苦しそうに肩で息をついた。 「アヤちゃん、どうしたんだ?」 先生の驚きの声に呼吸困難で咳き込みながら、 その女の子は息も絶え絶えに言った。 「バッツ・・・バッツ先生が、行方不明なの」 「なに?」 先生の細い眉がぴくりと上がる。 女の子は先生の腕をコートの上からぎゅっと掴んだ。 「宿の人に聞いたらもう2週間ぐらいまえから帰ってきてないんだって!」 「どこに行ったのか分からないのか」 ひょうひょうとしたふうのウェル先生の声が急に深刻みを帯びた。 「森に行ったらしいんだけど」 「ウェル先生、この人は?」 話に割り込むようで少し気がひけたけど、僕は先生に声をかけた。 「あ、悪い。この子はアヤ・ストリーター。 今回、私の助手としてついてきてもらってるんだ」 先生は今度は女の子のほうへ向き直った。 「アヤちゃん、この子はシェラフィータ・ルネス。 以前、私が教えていた子だ」 「よろしくね。私のことはアヤって呼び捨てでいいよ。 私もキミのことシェラって呼ばせてもらうから。 へえ〜 キミってめっずらしい髪の毛してるんだねー それにきれいな目!」 「どうも」 じっと覗き込まれて僕は思わず身をひきつつ答えた。 元気な人。 それが僕のアヤに対する第一印象だった。 表情豊かな黒い瞳が生き生きと輝いてる。 でも言われたことは新鮮味のない、ありきたりのセリフだったけどね。 僕に会った人はよほど珍しいのか、 たいてい僕の青銀の髪の色のことをいってくる。 ま、確かに同じような髪の色の人には会ったことないんだけど。 「みんな一緒に来たんじゃないんですか」 僕はウェル先生を見上げた。 「いや、あいつだけ皇都の周囲の動物の生息状況について、 ついでに調べておきたいからって先に来てたんだ」 「もしかして魔物に・・・」 「そんなことあるわけない!」 心配そうなアヤの言葉を僕は大声で打ち消した。 まわりにいた何人かが驚いて振り向いて、 その視線で我に返った僕は普通の声に落として言った。 「ここらへんは皇帝の加護があるから魔物はいないはずだよ。 道に迷ったか、何か事故にあったんだと思う。 とにかく探しに行こうよ」 先生はうなずいて僕とアヤを見た。 「分かった。だがシェラとアヤちゃんは待っててくれ。 私が探してくる」 「そんな。僕も行きます。 万が一、先生にまで何かあったら大変です。 ここらへんなら少しは知ってるし。 自分の身は自分で守れます。 先生の足手まといにはなりませんから」 「・・・そうか。ありがとう。 では、アヤちゃん、君は宿に帰って・・・」 「先生、私も行きます!」 決然とアヤは言った。 でもウェル先生は厳しい顔でアヤの肩に手を置いた。 「ダメだ。君は宿で待ってなさい」 「イヤです。私は森に囲まれて育ちました。 方向感覚には自信があります。 お願い、私も連れてって。 ダメだって言ったら、ひとりで探しに行っちゃうから!」 アヤのゆるぎない瞳に、先生はため息をついて首を振った。 「分かったよ。 ・・・。 ふたりともありがとう。 じゃ、準備を整えて宿の前に集合だ」 ウェル先生とアヤはいったん宿に戻っていった。 僕も準備のため、一度館に帰った。 剣と森を歩けるぐらいの恰好はしていたけど、 なにしろ僕には心配性のばあやがいる。 何も知らせないまま帰りが遅くなると、後でばあやが嘆いて始末に困るので、 一応書置きを残して見つからないようそっと出て行った。 近くの店で携帯食になりそうなものを買って宿へ行くと、 入り口付近ではもう先生とアヤが待っていた。 今日、3人で探してみて見つからないようだったら、 父上に頼んで館の者たちの手を借りよう。 僕らは森に足を踏み込んだ。 |