眠 り 姫  第九夜






礼拝堂から出たバッツは言われた通り、
意識の戻らないルースを連れて宿屋へ向かった。

ぐったりとした貴族の男に肩を貸して入ってきた神父に宿の者は
驚いていたが、ペイトンの名を挙げると話が通じていたのか、
すぐにいたれりつくせりの態度で、立派な部屋に通してくれた。

「ごゆっくりどうぞ」

パタンと音がなったドアを背にバッツはベッドの上へ視線を向けた。
そこには目を閉じて横たわっているルースがいる。
唇の端に乾いた血の跡がこびりついていた。

バッツはベッドに近寄ると、ルースの顔をじっと見下ろした。
目を閉じているだけでこんなにも印象が違うのか。
傲慢な瞳を隠した顔は無垢な天使のようだった。

「・・・」

ギッ 重みをかけたベッドがきしむ。
ベッドの端に手をつき、上から覆いかぶさるように、
もう片方の手を伸ばした。
指先がルースの喉元にそっと触れる。
開いた詰襟から差し入れた手が服の下にもぐりこみ
指先が首筋から鎖骨をなぞった。

やがて引き抜いたバッツの指には細い鎖がかかっていた。
それはネックレスのチェーンで、たぐりよせると
氷を潰したような白く濁った石につながっていた。
石には紋章らしき図柄があった。

「何をしている」

ルースが目を開けて、バッツを見上げていた。
吸い込まれそうな光をたたえた瞳の中に映る自分の姿を
バッツは不思議な気分で見ていた。

「すみません。その石が気になったもので」

指の上に置いたネックレスの石を置き、
バッツはベッドから数歩離れた。
ルースは横になったまま視線だけバッツを追っていた。

「・・・アルリシアは?」

「彼女はウェルの勤める病院へ運ばれました」

「そうか・・・」

「あなたの、その首飾りですが」

バッツは言葉を切った。
ルースはふたたび眠りにおちていた。

「おやすみなさい」

しわのよったシーツを軽く整えると、彼は明かりを消し、部屋を出て行った。

その足でバッツは荷物を取りにこっそり孤児院へ向かった。
窓から見えたギリアドは子供たちに取り囲まれていた。
子供たちに向けるギリアドの眼差しは穏やかで優しく
苦悩の色はなかった。

翌日、宿屋から馬車を使い、病院に向かった。
バッツが御者席に座り、ルースが後ろの席と離れて座ったので、
道中、会話することはなかった。
昼過ぎに病院に到着すると、少し待たされた後、個室へ案内された。
そこには院長とウェルと、ベッドで眠っている女性がいた。

「!?」  バッツとルースはわずかに目を見開いた。

そこにいるのは確かにアルリシアだった。
ベッドカバーから出ている肩は清潔感のある白い服に
ゆったりと覆われている。
外から差し込む光が、ずっと日に当たっていなかった肌を
白くきわだたせていた。
しかし肩のあたりで切りそろえられていた髪は長く伸び、
顔や体つきは昨日までの少女とは明らかに違う、
大人のそれになっていた。

「ナイトメアを封印してた間、成長が止まっていたようだね」

ふふんと得意げに院長が説明した。

「身体にとどまっていたナイトメアの残骸を取り除いたら、
ほらこのとーり! 一気にもとどおりってわけさ♪
 いやいや、おばあさんになる前でよかったねー
ああ、それにしても、やっぱりぼくは天才以外の何者でもないな」

「・・・」  微妙な表情をしつつもウェルはルースに言った。

「一応、あの人に感謝しておけよ。
礼拝堂の地下で致命傷になる弾道を変えてくれてたんだからな」

「弾道を変えた?」

「いや、とにかくアルリシアの命を救ったのは院長だ」

「・・・おい」 ルースは自己陶酔にひたっている男を呼んだ。

「なんだね。人がせっかく」

「感謝する」 

「おやー? おやおやおや?」

男はわざとらしく耳に手を当てて、ルースの顔の前に持っていった。
勝ち誇ったような笑みが満面に浮かぶ。
腰に手を当て、これ以上ないくらいそっくり返ると、
白衣がマントのようにひるがえった。

「ルースもやっとぼくの偉大さを理解したようだね。
結構結構! もっと褒めてくれたまえ。
さあさあ、みんな、そんなに遠慮せずとも」

「院長。少し静かに。
それに話があったんじゃないんですか」

たまりかねたウェルが口をはさんだ。

「あ、そうだったね。 
あー えーとね、一応命は取り留めたんだけどね。
ちょっと足りないみたいなんだなー そこでだ!」

銀色の髪の下の目がいたずらっぽく輝いた。

「ルース、とっておきの方法を教えてあげよう。ちょっとおいで」

ふたりは廊下に出て行った。

◇ ◆ ◇ 

「あの後、どうした?」 

ウェルの問いにバッツはアルリシアに目を向けたまま答えた。

「言われたとおりにした。
夜、荷物を回収しに孤児院に忍び込んだんだが、
ギリアドに何かしたのか」

「ああ。ちょっとな」  ウェルは目を伏せた。

「ギリアドや子供たちは事件のことを夢のように思っているだろう。
入院していた子どもたちも元気になったし、
おまえたちと入れ違いに孤児院へ帰した」

「そうか」

ウェルはバッツに向き直った。
切れ長の目が静かにバッツをとらえた。

「どうしてルースを連れて行った?」

「どういうことだ?」

「事件の原因やクエスの正体も最初から見当がついていただろ。
おまえなら、ひとりでさっさと解決できたはずだ」

「それは買いかぶりすぎた。
アルリシアは取りつかれていたんじゃない。
自分の意思で悪魔をとらえていたんだ。
彼女を助けるにはルースの協力が必要だった」

「あのまま帰ってもいいとか思ってたわけじゃないだろうな」

バッツは小さく笑った。

「・・・借りができたな」

ウェルもふっと唇の端を上げた。

「そう思うんなら素直にすべて話してもらいたいところだな」

「話しているぞ」

「喰えないヤツ」  ウェルはそっぽを向いて呟いた。

「おまえほどじゃない。さて、そろそろ帰るか。
院長とルースによろしくな」

「ああ、またな」


「おい。本気で言ってんのか。そんな」

廊下に出たときに聞こえたルースの少しあせった声に
バッツはわずかに首をかしげた。




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